第4話 事件の振り返り2
部長の亜美が立ち上がり、教室のドア付近へと歩いて行く。そうしてドア横に備え付けられていたスイッチを押すと、天井の蛍光灯が灯り室内が明るくなる。
亜美が着席したタイミングで、麗華が話を切り出した。
「それじゃ続けて、事件前に何があったか思い出していきましょうか。なるべく詳細にね」
「ああ。今日は文芸部のこれからという議題で俺たちは討論していた。といっても、ほとんど話は進んでいなかったな」
「ええ。最初に私が過去の先輩がこれまでどういう活動をしてきたかという説明をしていたわ」
今日文芸部員を集合させたのは麗華だった。他の部員は受動的な人が多く全く動こうとしないため、仕方なく自ら指揮をとることにしたのだ。
とりわけ問題となっているのは文化祭の出し物をどうするかということだった。
「去年はまだ先輩の何人かが文芸部らしい活動をしていたからな。文化祭も俺たちは任せっきりだった」
「ええ。私たちは恥ずかしいことに去年は文化祭には部活としてはノータッチだったわ。先輩方が活動して下さったお陰で、出し物として文芸誌を展示することで、無事事なきを得た。けれど今年はそうはいかない。上級生になった私たちが何か考えなくてはいけない」
玲司と麗華が現状の活動を嘆くようにそう話す。
「そもそも文化祭で文芸部が何もしないというのは変だしな」
「そういうことよ。ともかく今年の文化祭を文芸部としてどうするのか方針だけでも決めておきたかったの。それで一人一人の意見を聞きたくて、みんなに質問していったのよね」
「ああ。確か恵那から時計回りで意見を聞こうって話になったな」
玲司が恵那の方に視線を向けると、彼女はその時のことを思い出すようにゆっくりとした口調で話し出す。
「私はやっぱり先輩達のように、創作をしてそれを発表するのがいいと思うっていう意見を出したわ。小説でもいいし、絵でもいいけど、文芸部なんだからそれに準じた活動をするべきかなって」
恵那は部室に来ることはあっても漫画ばかり読んでいた。だが、創作には元々興味があったようで、この機会に行動を起こそうと考えていたようだ。
時計回りということで、その次は順番的に玲司のはずだった。
「恵那の次は俺のはずだったんだが、何故か順番を飛ばされたんだよな」
「私、順番間違えたのよね。恵那が意外にもやる気があったから動揺しちゃって」
「何よそれ……」
呆れたように恵那は嘆息する。
廊下側の席に恵那が座っており、玲司が教室の後ろ側に一人で座っていた。時計回りだったため、玲司の後に良太が発言するはずだった。
だが、麗華は順番を一つ飛ばして、良太に意見を求めたのである。
「急に質問を投げたからか、良太君随分と驚いていたわよね」
その時のことを思い出したのか、麗華はくすくすと笑い出す。
「え、いや、玲司君の番なのに僕に来たからビックリしちゃって……」
そう言いながら恥ずかしそうに彼は俯く。
「俺も『あれ?』って感じだったな。もっとも俺は意見なんてなかったし、飛ばされても全く問題なかったんだけどな」
「あなたも一応文芸部の部員なんだから少しくらい考えなさいよ……」
玲司のやる気のない発言に呆れ果てる麗華。
「まあともかく、丁度そんな時だった。あのドデカい音が教室内に轟いたのは。整理してみると、まず恵那が質問に答える。そして麗華が俺の順番を飛ばして良太に意見を求める。良太がビックリする。その後に音が鳴り響く。そういう順番で間違いないな?」
「ええ、それで合っ……」
麗華が「合っているはずよ」と言いかけたところで、突然教室内で、椅子を引く大きな音が聞こえた。皆そちらの方に視線を向ける。見ると立ち上がり、血相を変えた拓哉がいた。彼は良太を指さし怒鳴りつけた。
「尻尾を出したな! この屁こき野郎!」
「えぇ、僕⁉ 突然どうしたの拓哉くん⁉」
急に犯人扱いされてしまった良太は、ただただ困惑するばかりである。そのままの勢いで拓哉は捲し立てた。
「お前は順番を飛ばされて、突然自分に回ってきたことに驚愕した。そして、驚いた拍子にドデカい屁を放った! そのまま何食わぬ顔をして、被害者面をしながら廊下に行き他人のせいにしようとした。そうだろう!」
「ち、違うよ! 確かにビックリはしたけど、おならをしたのは僕じゃないんだ!」
「いや、いくらなんでもタイミング的にそれしか考えられないだろう! 驚いてしまった瞬間全てを発火してしまった。それが今回の事件の真相だ!」
血気に逸る拓哉は、完全に良太が犯人だと決めつけている。だが、玲司は直ぐさまそれを咎めた。
「待て拓哉。彼は驚いたと言っているだけだ。確かにタイミング的には少し怪しいが、それだともう少し早い段階で発火してもおかしくなかった。実際良太は当てられてから少しアタフタとした態度を取っている。そして彼が何かを発言しようかというタイミングで、音が鳴っているんだ」
「あ、ああ……確かそうだったな。じゃあ、違うかもしれないのか。悪い。取り乱してしまって。全然話が進まないから気が焦ってしまって……」
「気持ちはわかるよ」
玲司は一応同意の言葉を投げかける。全く犯人の目星がつかないままの時間が続き、焦燥感が増してくるのは彼だけではなかった。
拓哉は残念そうに、静かに着席した。
窓の外は赤みも消え、既に大分暗くなってきていた。
教室内の時計は午後の六時を示していた。
煮詰まってきたためか、その後しばらくの間沈黙が続く。皆、出方を窺っているようで、自ら口を開く者はいなかった。下手に動いて、いらぬ嫌疑をかけられるのを避けたいという思いもあったのかもしれない。
膠着状態が続く中、突如軽快なメロディーが教室内に流れた。スマホの着信のようだ。
「あ、私だわ」
恵那が鞄に入れていたスマホを取り出す。画面を確認すると、彼女は立ち上がり、廊下へと向かって歩いて行こうとする。その恵那に向かって、麗華は強い口調でその足を止めた。
「ちょっと待ちなさい。何処へ行くつもりよ」
「ちょっとパパから電話があったから外で話してくるだけよ」
「パパから?」
「ええ、そうよ。いつもなら家に帰っている時間だから心配に思ったんでしょ。部活で話し合いをしてるから遅くなるって言ってくる」
教室から出ていこうとする恵那。説明を聞いて尚も納得がいかない麗華は、再び彼女に言及する。
「待ちなさい。電話くらいここで出ればいいじゃない。なんで外に出るのよ」
「は? 別にいいでしょ。このまま帰宅するわけじゃない。ちょっと話したらすぐ戻るわよ」
頑なに外に出ようとする恵那。その間も着信音は鳴り続けている。流行のJ-POPのようで、この曲を知っている拓哉は、後でこのネタをきっかけに恵那に話しかけようかと密かに企んでいた。
ちなみに恵那が頑なに外に出ようとしているのは、単純に恥ずかしかったからだ。元々猫かぶりな彼女は、皆に家族との会話を聞かれることに抵抗感があるようで、一人になりたかったようである。
そうとは知らない麗華は、頑なに外へと行こうとしてる様子を訝しがっているようだ。
「それともあれかしら」
「なによ?」
「廊下に出て一人になったのをいいことに、あなたの大好きなアレでもコキに行くつもりかしら?」
鼻を摘まみながら、クスクスと嫌な笑みを浮かべる麗華。
「私じゃないって言ってるでしょ!」
強い語気でそう言い放った後、開けた扉を思いっきり閉める。
そうして、スマホの通話ボタンを押して、その場で話し始めた。
「もしもしパパ? うん。今部活で会議しててね、ちょっと遅くなりそう。うん、うん、違うの。会議中に誰かがおならをしてね、犯人が誰だかわからないの。私は違うんだけど……うん、うん、そう。とにかく誰が犯人かはっきりしないと気が済まなくて。うん、ありがと。わかった、じゃあね」
恵那は現状起こっていることを端的に父親に伝えた。客観的に聞いていると、シュールな感じがすることは否めない。自分たちは何を真剣に討論しているのだろうと思い始めてきたのだが、今更引くに引けないところまで来てしまっていた。
「お父様はなんて?」
恵那は元の席に着席し、麗華の質問に応える。
「俺はお前のことを信じている。気の済むまで戦ってきなさい。だって」
「そう……。いいお父さんね」
麗華は特に茶々を入れることもせず、素直にそう評した。その表情は少し儚げで、哀愁すら漂っている。
麗華の両親は仕事が忙しく、娘とあまりコミュニケーションを取ろうともしない。夕食時も一緒になることは稀で、たまに会っても事務的な会話が多かった。あまり仲が良いとはいえない家族。それは麗華にとってのコンプレックスで、こうして心配してくれる父親という存在を少し羨ましいと感じてしまうのであった。
「いい加減、犯人を見つけ出さないとな」
玲司はそう言うが、その言葉に力は感じられなかった。ハッキリと手詰まりを感じてしまっていたからだ。当時を振り返ってみても決定的な証拠は掴めそうもなく、犯人が自白しない限り、迷宮入りしてしまうのではないだろうかと考えてしまっていた。
窓の外は完全に暗くなり、遂に運動部の声も聞こえなくなってきていた。
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