第3話 事件振り返り

「今日はこれからの文芸部の活動について具体的に話し合う予定だったわ」


 麗華が早速話を切り出した。実際、先程も麗華が一番率先して発言をしていた。部長の亜美は正面を向いてはいるが口を開こうとしない。成り行きに任せるといった感じである。


「ああ。最近では集まりも悪く、文芸部の活動事態何もやっていないのに等しい状態だったからな」


 玲司が麗華の言葉に補足する。


「というよりも最初からみんなやる気ない状態だった。ここに来ても読書をするだけの人が大半だったじゃない」


 今まで思うところがあったのか、麗華は思いを吐き出した。

 性格的にスポーツ系の部活が似合いそうだと周囲から思われがちな麗華だったが、意外にも彼女は文芸に強い関心があった。幼い頃から小説を大量に読み込み、小中学の時には作文コンクールで賞も貰っている。そんな彼女だったため、自分でも小説を書いてみたいという思いが高校に入ってから強くなっていった。

 元々上昇志向の強い麗華はこの部に入部して、切磋琢磨していくことで良い作品が生み出せるのではないかと期待した。だが、部に入っても文芸部とは名ばかりの帰宅部集団で麗華は愕然としたのだった。その結果彼女は部室への足は遠のき、殆ど顔を出さなくなった。


「やる気がないのは麗華も同じじゃない。私より部室に来る回数少なかったし」


 そんな麗華の内心を知らずに、不平を鳴らしたのは恵那だ。彼女は先程の悶着もあったせいか、つっけんどんな態度で食ってかかる。


「は? 何よ恵那。じゃあ、あなた文芸部でなにか創作活動でもやっていたっていうの? 来ても漫画を読むだけだったでしょうが」

「それでも来ない人よりはずっとマシでしょ」


 腕を組みプイッと顔を横に背ける恵那。

 そんな態度に腹を立てたのか立ち上がって反論しようとする麗華。だがそんな彼女をまたしても玲司が制し、二人の間に割って入るのだった。


「まあまあ、二人共。今はそれどころじゃないはずだ」


 二人はその言葉で一旦鞘を収める。だが麗華も恵那も険悪な様子であることは間違いなく、まだひと悶着以上ありそうな雰囲気を醸し出していた。

 舵を切るために、本題へと移行する玲司。


「ともかく、そうして今後の文芸部をどうしていくか話し合っていた時だった。突然あの音がしたのは」

「す、すごい音だったよな……」


 拓哉が言葉を付け加える。


「部屋全体に響き渡るほどの音だった。巨大なブーブークッションに向かって高さ10メートルから飛んで踏みつけて鳴らしたのかと思った。それで慌てて、教室の外に出たわけだが」


 顔を顰めながら玲司は当時の状況を語る。


「私はすぐに気がついて、息を止めたわ」


 中川恵那が軽く鼻をつまむ動作をし、当時の状況を再現する。


「俺もだ。誤って匂ってしまうと大変なことになると思ったからな。何しろあの音だ。臭いも激烈なものだったはずだ。まさかだと思うが、この中に誤って匂ってしまった奴はいないよな?」


 玲司の問いに、静々と手を上げたのは麗華だ。


「私は匂ってしまった。単純に好奇心が働いたのかもしれない。教室から廊下へ出ようとするほんの一瞬。自身の強い探究心を呪ったわ」

「そうか。それで……どんな臭いだったんだ?」


 やめておけばいいのに、拓哉は恐れながらも質問した。

 一瞬の間があり、麗華は全員を見回した後、おどろおどろしい様子で発言した。


「この世の……終わり……だと思ったわ」


 その言葉を聞いて全員が「やっぱりそうか……」といった感じで項垂れる。教室全体にどんよりとした空気が流れてしまう。

 麗華は発言したことで先程のことをフラッシュバックしたのかもしれない。深く沈んでいくような悲愴に満ちた表情へと変わっていった。このような悲しげな彼女を誰も見たことはなく、誇張でもなんでもなく、この世の終わりを想像させるほどヤバいものだと認識できた。麗華以外の五人は息を止めて匂わなかったことに安堵するとともに、一刻も早く今回の事件を収束させたいと考えるようになった。犯人以外、こんなものの濡れ衣を着せられたのではたまったものではない。


 しばらく皆、思考が硬直したかのように固まっていたが、そんな中で意外な人物が口を開いた。


「音の位置から場所を特定できないかな?」


 皆に向かって疑問を投げかけたのは良太だ。会議中発言することなど皆無である彼であったが、色々と思うところがあったのかもしれない。


「確かに。全員で何処から聞こえたのか言い合えば、ある程度場所が特定できるかもしれないな」


 盲点だったという風に玲司は、良太の意見を是とした。

 教室の後ろの席に一人座っている玲司は、早速当時のことを思い出しながら、発言するが……。


「とは言うものの、正直俺はどの方角から聞こえたかイマイチわからなかったんだよな。音がした瞬間、逃走本能が刺激されて教室から離脱することしか頭になかった」

「ぼ、ぼくも! 最初後ろから音がしたのかと思ったくらいだけど……僕の後ろは窓しかないし、あの時は閉まってたし」


 玲司に続いて良太が発言するが、どちらも全くわからないといった感じだ。


「俺は前から聞こえたような気がする。多分……」


 拓哉は曖昧に発言する。


「私は恵那が怪しいと思うのよね。実際真横から聞こえてきたような気がするし」

「あなたは私を犯人にしたいだけでしょ。そんなこと言ったら私も麗華の方から聞こえてきた気がする」

「は? 便乗しないでよ。適当な発言をして犯人に見立てようなんて見苦しいわね」

「麗華の意見もずっと適当じゃない」


 この二人はお互い言い争っているばかりで、まるで参考にならなかった。


「私もよくわからなかった。この部屋であるのは確か」


 部長の亜美がここでようやく発言する。だが、全員決定的に犯人の位置を特定できるといった感じではなさそうだった。


「う〜む。皆の意見を要約すると、結局音だけの情報だけでは特定するのは難しい感じだな。まあ、疑わしいと思う人物がいるなら、最初からそいつに疑惑を向けるはずだしな」


 結局音で判断するのは難しいと、玲司は結論づけるしかなかった。


「な、なあ? この事件本当にこの中に犯人がいるのかな?」


 唐突に疑問を投げかけたのは拓哉だ。


「どういうことだ? 事件当時この部屋はドアも窓も閉まっていた。外部からの犯行は不可能だろう」

「密室おならか……」


 拓哉がどうでもいいことを言った。


「だから外部からの犯行(放屁)は無理だろう。実際全員がこの部屋からしたと言っている」

「密室とは言っても、窓はともかく教室のドアは鍵がかかっていたわけじゃないよな? 廊下からは入ってこようと思えば誰でも入ってこられる」

「なるほど。確かに?」


 拓哉が何を言いたいかさっぱりわからないが、一応納得する玲司。


「ああ。つまり、この教室に忍び込むのは可能だったわけさ。犯人は俺たちが熱心に会議をしているのをいいことに、物音を立てずに廊下から堂々と部屋に入って来た。そして、俺たちにばれないように静かに事を成した。目的を達した犯人は、そのまま元の位置のドアから普通に出て行った」


 拓哉は自身の推理がどうだと言わんばかりに、背後にあるドアを指さした。名探偵にでもなっているつもりなのかもしれない。アクションが大袈裟で格好をつけているようだ。拓哉は格好をつけると共に、斜め前にいる恵那に視線を送った。恵那はすぐに目を逸らした。


「い、いや、それは無理だ」

「え? なんで?」


 マジでわからないという風に拓哉は訊き返す。


「事件当時、俺たちは向かい合って座っていた。死角は全くない。もし、教室に誰かが入れば必ず誰かが気がつく。何よりも、わざわざ俺たちが会合しているところに入ってきて、静かにおならをして退場するメリットが何もない」

「あ、そうか」


 玲司の説明を聞いて、ようやく拓哉は納得をする。

 喋れば喋るほど頭の悪さを露呈してしまうような男、それが吉井拓也だった。


「とりあえず、もう少し事件当時の状況を振り返っていきましょう。皆の意見から何かヒントが生まれるかもしれないわ」


 麗華が今の意見はなかったかのように無視し、再び進行を始めた。

 拓哉以外の全員が頷き、異論はなさそうであった。


 未だに解決の糸口が全くつかないまま時間ばかりが過ぎていく。

 窓の外では日が傾き、教室には赤い陽が差し込んできていた。

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