第2話 擦り付け合い
「女子なんじゃねーの?」
ニヤニヤとした表情で口火を切ったのは
「は? なんでよ?」
拓哉の言に対して、真横の麗華は冷たく訊き返す。
「男だったら別に隠そうとしないだろうしな。もし俺が犯人だったら速攻で手を挙げてるね。はーい、ってな」
実際にその場で大袈裟に挙手をして、自分は違うのだと余裕ぶる拓哉。だが、その言葉に腕を組み麗華は冷静に反駁した。
「あら? そうかしら」
「な、なんだよ?」
「あなたこの間、恵那にラインを送って無視されたみたいね」
「な、なんで知ってるんだよ! というか今、その話関係ないだろうが!」
余程動揺したのだろう。立ち上がって声を荒げる。どうやら触れて欲しくない話題らしい。
「その時、相当引きずっていたって聞いたわ。数日間落ち込んでたってね。そんなナイーブのあなたなら今回の件もごまかそうとするんじゃないかしら」
「そ、それとこれとは全然関係ないだろうが!」
「どうだか」
「と、とにかく俺じゃないからな!」
そう言って特に強い反論もできずに、拓哉は惨めに着席した。
先端を切った拓哉だったが、疑惑を晴らすには不十分だったようだ。麗華の冷徹の言に恥をかかされるだけになってしまった。
ちなみに今、麗華が話した内容は事実だ。元々、拓哉はこの文芸部にいる
思い出したくない傷を抉られたのか、拓哉は下を向いてわかりやすく落ち込んでいる。そんな様子を気にも留めない麗華は、今度は対面にいるその中川恵那に視線を向けた。
「まあいいわ、それにしても」
「?」
「さっきから全然会話に参加してこない人がいるんですけど。なにか後ろめたいことでもあるのかしら?」
中川恵那へ向けて、麗華は戦端を開く。
「は? 別に後ろめたいことなんかない」
急に対象が自分に変わったことに憤りを感じ、口調を荒げて反応する恵那。
「じゃあ、なんでずっと黙っていたのかしら」
「私なりに誰が犯人なのか考察していただけ。それに喋っていないっていうなら、良太君だってまだ一言も喋ってないじゃない」
「え! 僕⁉」
突然自分の名前が出たことに余程驚いてしまったのだろう。
「良太君は普段から静かじゃない。ねぇ?」
麗華は直ぐさま良太に対してはフォローを入れる。
彼女の言うとおり良太は普段から寡黙な男子生徒だった。会話を振られれば発言をするが、基本自分から積極的に会議に参加することはない。これは友達通しでも同様で、三人で会話するような場面になると、自分は相槌を打つだけで黙ってしまうような大人しいタイプの性格だったのだ。
この時も結局、遠慮気味に頷くだけに留まった。
それを見て、麗華は再び恵那にターゲットを移す。
「いつも教室でぎゃーすか騒いでいるようなあんたが、この場で不気味に鎮座している様が異様なのよ」
「鎮座って……。普段からそんなに騒いでないわよ」
「突然犯人になったから、どういう立ち振る舞いをすれば正解なのかわからないから黙る。典型的な初心者プレイヤーのやり方だわ」
「人狼ゲームじゃないんだから……」
恵那は呆れてそう言うしかなかった。
麗華と恵那は犬猿の仲であった。
二人が入部した当初は、部室内で普通に会話するくらいの仲だった。だが、ちょっとしたすれ違いから互いの心の距離が離れることになったのだ。
恵那は大和撫子という言葉がピッタリの古風美人で、スラリとした身長に艶のある長い黒髪で歩いている姿は華があり、男子生徒の注目の的になっていた。
また麗華も端整な顔立ちに、目立つブロンドヘアにスタイル抜群の身体は嫌でも目立ち、遠目で見てもすぐに彼女だとわかるほどの存在感を醸し出していた。
そんな彼女たちだったからこそ、男子生徒からモテないわけがない。
だが、お互い告白の類いやアプローチは山ほど受けたが、徐々にその数は恵那の方に傾いた。恐らくは男子生徒は、あけすけに物言う麗華の性格に段々と畏怖を感じるようになったのだろう。一方恵那はというと、気心のしれた友人とならいつまでも会話するような女子であったが、慣れない男子生徒相手だと借りて来た猫のように大人しくなる。逆にその物静かな感じが、男子生徒の恵那に対するイメージとしっくりくるようで、彼女に惚れ込む人を結果的に増やすこととなった。
麗華はそんな恵那が許せなかった。自分と会話する時は男勝りな雰囲気もあり、比較的自分の性格に近いと思っていたためだ。それが男子生徒と会話するときだけ大人しくなる。ということは、色目を使っているのでないかと訝しがった。
だが、恵那には恵那で事情があるのだ。彼女は極度の人見知りで、本来中々人と打ち解けるのに時間がかかるタイプだった。決して男子にモテようとしているわけではなく、単純に異性との会話に慣れがないだけだった。麗華とは馬が合い、割と早い段階で普通に会話できるようになったが、そういう風にすぐ仲良くなれる人間はかなり稀であった。
恵那自身そんな自分の性格を好んでいたわけではない。麗華のように誰とでも打ち解ける性格をむしろ憧れの対象で見ていた。
だが、麗華はそんな恵那の内心に気がつかない。自分に好意を向けていた男子がこぞって恵那に向いている様子を見て不快感を増していったのである。そのため顔を合わせればこうして麗華に詰られることが増えていった。そんな麗華の心情を深くは読めない恵那も、結局敵意を向けられてはいい気分ではないため、言い返すことが多くなった。
そういうわけで、最近では顔を合わす度に言い争っている。
「まあまあ、二人とも。今はここだけで争っている場合ではない」
険悪な空気になっていく麗華と恵那に向けて横槍を入れたのは玲司だ。こういった場面になった時、止めに入れるのは彼くらいである。部長の亜美は我関せず的な感じで絡もうとせず、良太はオロオロとするばかりで止める勇気がなく、拓哉はそもそも論外だった。
「ふんっ」
結局麗華はまだやり足りないといった感じを出しつつも、玲司の言葉に従う形となった。恵那は元々バトるつもりもなかったのか、麗華が茶々を入れてこないとわかるとすぐに大人しくなる。
「推測だけで犯人を決めつけても仕方がない。もっと論理的に犯人を捜していこうじゃないか」
続けて玲司が会議を進めようとする。最初こそ突然の事態に気が動転して亜美が会議の進行をしようとしていたが、彼女はあまりこうした場で仕切ることは得意としていなかった。部長に任命されたのも、部への出席率が一番高かったからという短絡的な理由からだ。彼女は放課後になると必ずこの部室へやってきて、ずっと読書をするということが習慣になっているだけの寡黙な女生徒だった。
他の五人は部室に来たり来なかったりといった緩い感じで、元々それが許された部でもあった。ここ霧森高校は、生徒であれば必ずどこかの部へ所属しなければならないというルールが存在し、この文芸部は特に入りたい部がないから所属するという生徒の苗床となっていた。
玲司などはまさにその典型で、特に入りたい部がないから入部したといった感じで、部室に来るのは稀であった。
ほとんど顔を出さなかったことの罪悪感も多少あったのかもしれない。部長に代わって、彼が取り仕切ることにしたようだ。
「とりあえず、事件当初の様子を振り返っていくか」
全員に向けて、菊川玲司はそう提案するのだった。
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