密室放屁〜放課後の教室内で誰が放きやがったのか?〜

銀河

第1話 事件勃発

 密閉された教室内で突如として鳴り響いた音は、その場にいた者全員を驚愕し絶望させるのに十分だった。

 ある者は顔を顰め、ある者は驚きのあまり目を見開いて硬直している。


 だが、やがて全員は示し合わせたように立ち上がる。機敏な動作で一度廊下へと出た。そこでおのおの深呼吸を一つ二つし、心を落ち着かせる。

 そうして呼吸を止めた状態で、再び教室内へと入っていった。急いで室内にある窓を全て全開にすると、皆、所定の位置へと着席した。


 開け放した窓からはとしたひんやりとした風が教室内に入ってきていた。

 四月に入ったばかりのこの時期に全開放することは珍しいが、寒さを我慢できないほどではない。今、窓を閉め切って、不快な気分を味わうことのほうがよほど憚られる事態だったのだ。


 現在教室内はロの字に机が置かれており、話し合いがしやすいように椅子が並べられていた。そこに座っているのは全員で六名。それぞれが牽制するかの如く、互いの様子を窺っている。


 刹那の沈黙があり、やがてその中の一人が重々しい様相で口を開いた。


「やれやれ、これは大変な事になったぞ」


 男子生徒の一人、岸野玲司きしのれいじは深刻そうな面持ちでそう呟いた。端整な顔立ちで頭脳明晰である彼は、非の打ち所のない男だと同級生に周知されている。その欠点は、頭が良いが故に人より先の展開を予測できてしまうことにあったのかもしれない。この後の最悪の事態を憂慮し、彼の額には汗が浮かんでいた。


「ええ。いったん本題を休止して、別の議題に移る必要があるようね」


 文芸部部長の桐山きりやま亜美あみが玲司に同調する。普段は物静かな彼女だったが、部長という立場である以上責任を感じてしまっていたのかもしれない。積極的に発言をし、場を仕切ることにしたようだ。懇願するかのごとく、皆に向けて亜美は挙手を呼びかけた。


「今おならをした人、正直に手を挙げて下さい」


だが……。


「…………………………」


 その声虚しく、誰も身じろぎすることはなかった。それは誰もが自分ではないですよというアピールしていることに等しかった。

 やっぱりかと、玲司は嘆息する。


「おいおい、これは不味いことになったぞ。誰も名乗り出ないということは、ここにいる六人全員が容疑者になったということだ」


 その言葉を受けて、東宮ひがしみや麗華れいかが頷いた。


「ええ。そして、もしこのまま犯人が名乗り出ない場合、互いに嫌疑を向けたまま生活をしていくことになるでしょうね。『あいつこの間すっげぇおならした奴かもしれないんだぜ』って思われながら学校生活を送ることになる。私だったら絶対そう思う。そんなのご免よ」

 

 悲愴感たっぷりに、首を振りながら麗華はそう言った。


「誰が犯人か、ハッキリさせておく必要があるようね」


 部長の桐山亜美は強い語調で、全員に視線を向けながらそう言った。何が何でも犯人を見つけてやると決意したかのような真剣さを表していた。そして、この瞬間犯人が動揺をするのを願ったのである。

 だが全員がポーカーフェイスを貫いており、見る限り怪しい人物はいなかった。


 これは長丁場になる。

 誰もがそう思ってしまった。


 新学期が始まって早々のことだった。

 殆ど活動らしき活動をしていなかった文芸部に起こった悲劇。

 開け放した窓から、グラウンドで活動している野球部の活気ある声が聞こえてきていた。

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