呪われた少女
結局、ノートを自分のデスクに入れて帰宅した。ノートの持ち主の所在はわかっている。あの女子生徒が飛び出た教室のプレートには「文芸部」と書かれていた。きっと、あのコは文芸部の部員なんだろう。しかもまだ授業も始まってない日にもかかわらず、部室に顔を出しているのだ。おそらく、文芸部の活動に熱心なコなのだろう。ということは、あのコはきっと明日も部室に来ている。明日文芸部に寄れば、あのコにノートを返せる。誰にもノートの存在に気づかれることなくね。
この学校には、落とし物を預かる場所があるようだが、おそらくそこに預けると担当の人が多少なりともノートの中を覗くだろう。後々黒歴史になりそうな爆発物をそこに持っていくのは、あまりに可愛そうだ。そんなところに持って行ったら、おそらく持ち主は現れずに、処分されるその日まで展示されることになるのだろう。その結末は可哀想だ。だから俺が明日文芸部に持って行ってあげよう。そうこのやり方が1番スマートなやり方だや。ここまで考えるなんて、さすが俺!気の利いた教師やな。自画自賛をしながら、帰路についた。
そして時は流れ翌日の放課後。俺は昨日の自分の選択を後悔していた。
(いやいやいや、このノートどうやってあのコに返したらええねん!)
あれだけ自分の解決策を自画自賛していたのに、いざノートを返す状況をいくつかシミュレーションしてみたところ、どれも実現が難しいということに思い悩んでいた。
CASE1:文芸部に普通にノートを返しにいく場合
ガラガラガラ
「文芸部の皆様、今年からこの学校の教師になりました相川と申します。昨日この部室の前を通ったときに、このノートを見つけました。名前が書いてないんで誰の持ち物かわからないのですけど、文芸部のどなたかのものだと思いますので、置いておきますね。それでは失礼いたしました。部活頑張ってください。」
絶対にこの後部員の誰かにノート開けて、読まれるやん!!
知らない誰かに見られるよりも、知っている誰かに見られる黒歴史が一番消えないよ~!アカン、こんなことしたら、あのコがトラウマを残してしまって、残りの高校生活を台無しにしてしまう。
一番現実的な方法は実施しない方がよさそうだ。
CASE2:誰もいない文芸部室にこっそりノートだけ返却する
「あれ、なんかノート落ちてる。これ誰の?ちょっと開けるね。」
「え?何これ?ネタ帳って書いてる?意味わかんな~い。ウケルんですけど。」
「ねえ、これ掲示板に張り付けてあげたら。誰かノート落としてますよ~ってw」
止めてあげて!!!持ち主そこにいるから!煽れば煽るほど私のノートって言えなくなって しまうから。
果たしてこんな性格の悪い生徒が文芸部にいるかはわからないけど、どちらにしてもノートの持ち主のコが拾えればいいが、そうでなければ終わってしまうだろう。
ということでこの方法もダメだろう。というか、鍵持っていないのに、どうやって閉まっている文芸部室にノートを返却できるねん!
CASE3:昨日ぶつかったあのコが一人になるまで待ってから、返しにいく
部室の前であのコが一人になるのをずっと待ってから声かけるってストーカーやん!!その光景を誰かに見られたらどうするねん!ただでさえ高校に勤務したまだ数日、教師にも生徒にも信頼のないこんな男を誰が助けてくれるねん!第一、あのコが最後の一人になるまで部室で待ってくれる確証もないし。
自分のこの後の教師生活を棒に振ってまで、試す方法ではないから却下。
という具合で、女の子一人に誰にも気づかれることなくノートを返すことは、超難易度ミッションであることを痛感してしまうのだった。
とはいえ、あの時ぶつかってノートを床に散らばらせた俺にも責任はある。このノートは責任をもってあのコに返そう。まあ普通に文芸部の教室開けて、昨日のコを見つけて、教室の外に呼び出して返してあげるしかないか。その時、ノートの中を見たかって思われるかもしれないけど。見ていないと言い張ろう。そして、ノートの中身を忘れてあげよう。それが俺にできる最善の方法だろう。
そして放課後、俺はデスクからノートを取り出し、文芸部室に向かう。
校舎の外からは、どこかの部活が大声を出しながら練習をしているというのに、今日も文芸部室の周りは誰もいなくて静かだ。文芸部室の中も、同じように誰もいなければいいのに。そんなことを思いながら目的地にたどり着いた。
やっぱり引き返して、職員室に逃げ帰りたいという自分のひどく弱い心を必死に抑えて。コンコン。思い切って教室の扉をノックした。
「はい、どうぞ」
扉の中から女の子の声で返事が返ってきた。
「失礼します。」
意を決して俺は引き戸を横に引っ張った。そして初めて見た文芸部室の中を覗き込んだ。片方の壁には本棚がぎっしり置かれており、大小様々な大きさの本が並んでいる。もう片方の壁には黒板がかけられているが、その下には食器棚や、ポットが置かれており、ここが教室ではなく部室であることがわかるようになっている。
教室の真ん中には長机が2台設置されており、長机の短辺にあたる部分。いわゆるお誕生日席に少女が一人座っていた。髪は黒く長いそれでいてつやがある。大きな目が印象的な顔立ちは非常に端正。文庫本を持って、パイプ椅子に姿勢よく座っている彼女の姿は非常に様になっていた。窓から入る太陽の光を背を受けた彼女は光って見えた。端的に言うと、ものすごく綺麗で、思わず目を奪われてしまった。
「どなたですか?」「文芸部に何か用ですか?」
彼女の呼びかけで、我に返ってきた。危ない危ない、これ以上見ていたら思わず告白してしまっていたかもしれない。教師が生徒に告白するなんて、あってはならないことだ。俺はなんとか、教師生活が終わりピンチを乗り越えることができた。
とはいえこんな綺麗な女性と話すのは緊張する。しかもそれが生徒である。沈黙が長く続くと何か喋らないと。
「俺のこと覚えていますか?昨日会ったんですが」
焦った俺は、気づくとナンパするときみたいにセリフを口走っていた。しかも生徒相手に敬語になっていた。
「知りませんけど。」間髪入れず少女が返答した。
「何の用ですか?用がないなら返ってください。校長呼びますよ。」少女が警戒しながら話しかけてきた。
(なんで校長やねん。先生でええやろ)と、つい癖でツッコみそうになったけども、ぐっとこらえた。わからないけど、たぶん校長と面識があるコなんだろう。
「私は、怪しいものではないです。あなたに用があってきました。」通報されたは困るので、とにかく何か喋らないとと思って出た言葉は、怪しい人が話すそれだった。
「何その説明台詞。どう見ても怪しいじゃない?あなたは誰なんですか?理事長呼びますよ。」
校長より偉い人出てきたよ。何で彼女は校長とか理事長すぐ呼べる立場なんだよ。と心の中でツッコもうとしたが、今はそれどころではない。どうやら彼女は、学校のお偉い人コネがあるようだ。
「私は今年からこの学校の教師です。」
「嘘ね?あなた見たいな人、去年見たことないわ。適当言っていると、料理長呼びぶわよ。」
「それ誰やねん!この学校に料理長なんておらんやろ。」思わずツッコんでしまった。
「いるわよ。この学校の食堂に。」
「あんまり学校の食堂の人を、料理長って言わんやろ。」
「私は言うわ。そして、料理が美味しかった時は、料理長を呼び出すようにしてるの。」
「あれ、現実にやるやついるのかよ。しかも学校の食堂で!」
「料理長。来週のシフト減らしてもらえる。」
「バイトやないかい。その話は裏でやれよ。って何の話してんねん!」
前言撤回。彼女は最初からボケていた。何だったら最初に少し怯えていたのも、フリだったように思える。なんだこのコ!
「なんだもう終わり!もうちょっとボケたかったのに。相川先生」
「なんだ俺のこと知っていたのかよ。」
「そりゃ覚えていますよ。なんていったって、昨日の就任式で変な空気を作りあげた方なんですもん。」
グサッ!俺の心に鋭利なものが刺さったた。昨日の今日でまだ癒えていない傷を抉られた。
「それで、巷で噂の相川先生が文芸部に何の御用で。」
おい、俺のこと噂になっているのかよ。確かに、今日すれ違った女子生徒が、なんかこっち見てこそこそ喋っていたけど。
「そうそう。これを持って来たんだよ。」
そしてノートを彼女の目の前に出した。そうそうこれが本題だった。
「昨日この部室の前で部屋から出てきた女の子とぶつかってしまって。彼女はその後走って去っていたんですが、ぶつかった拍子に彼女のかばんからノートが落ちていたんですよ。たぶん文芸部の方のだと思って持って来たんですが。」と言い切って一瞬シマッタと思った。このノートが彼女のものかわからないのに、ノートの存在を知らせてしまった。
「昨日私にぶつかったのは、あなたですか?それとも他の部員の方?」
「私よ。っていうより、この部活は私一人しかいないわ。文芸部に出入りする生徒なんて私だけよ。」
文芸部員一人しかおらんかった!!!何やそれ。昨日俺が考えていたシチュエーションの意味が全然なかったんかい。
「じゃあ、これは君のノートかな。返すよ。」
昨日は一瞬だったからぶつかった女の子の顔を覚えていないけど、文芸部員が一人しかいないなら、このノートは彼女のもので決まりだろ。よし、これでミッションコンプリート。と安堵しながら、彼女の方を振り向いた。彼女は何も言わずノートをじっと見つめていた。流れる長い沈黙。
「では俺はこれで」空気に耐えられず、部室を後にしようとしたが、
「見ましたか?ノートの中?」彼女は静かに、それでいて鋭い言葉を俺に投げかけた。怖い。
「いや見てないですよ。ノートの中身は個人情報です。許可もなく覗くわけにはいかないです。ノートの表紙には名前が無かったので、誰のかわからなかったのですが、おそらく昨日ぶつかった文芸部のコのものだろうと思ってここに持ってきました。もし違ったのであれば、落とし物保管書に持っていきますよ。」
俺は嘘をついた。よかったあらかじめセリフを用意しておいて。
「そうですか。。。やっぱり見たんですね中を。」彼女はさきほど同じく静かだけど、威厳のある声でつぶやいた。一瞬で嘘が見抜かれた。
「見ていないと言っているのに、なぜそう思うのですか?」
「話しているとき、私を見ることもなく、ずっと目が泳いでいた。そして何か言葉を思い出しながら喋っていたように見えた。急に敬語も増えたし。これは用意した台本通りに喋っているんだなと思って見てたわ。嘘つくの下手ですね。」
全てお見通しだった。女子高生すげ~。嘘が見破られて焦っている俺に、彼女は続けて話しかけた。
「へ~見たんだ~。私の大事なノートの中身。」
「・・・」返事がない。ただのしかばねだった。
「それで感想は?」
「・・・感想?」ノートを見られたことを糾弾されるかと思っていたら、思いもやらぬ質問が返ってきた。
「そう。私のような、眉目秀麗、頭脳明晰な女子生徒が、ネタを書いたノートを持っていたことへの感想は何って聞いているの?」
こいつ、自分のことを美人で頭が良いってさらっと言いやがった!一瞬、ツッコミたくなったが、今はそれどころではない。
「いや~まあ~、意外やな~と思いました。」口をついて出た言葉は、当たり障りのないものだった。そうだ、さっきまではノートを返すことに頭がいっぱいだったが、よくよく考えたら、確かに目の前の眉目秀麗、頭脳明晰?な女の子と、お笑いのネタ帳のイメージが全く合致しない。
「君は、お笑いが好きなん?」
「そうよ。好きすぎて、ネタを見るだけでなく、考えるぐらい好きよ。意外かしら?」
「いや、別に意外でもないのか。今やお笑い芸人は誰でも憧れる職業やからな。医者とか弁護士が仕事の傍らで芸人していたり、モデルやアイドルやるような見た目の人が芸人になる時代か。別に君がお笑いが好きでも変ではないか」
「じゃあ、私が芸人になりたいって言っても意外ではないかしら?」
「う~ん。どんな職業・どんな立場の人でも憧れる存在になっているから、別に意外ではないか。」
今や芸人はすべての芸能にとって、最高のポジションになったといっても過言ではない。テレビでも芸人なしに番組は成立しないし、ネットでも配信を始めるとすぐに注目を集める。お笑いの劇場は毎日ネタ講演が開かれていて、お客さんは入っている。高校生の女の子が目指しても何ら不思議ではないか。
「私の夢を笑わないの?そんな無謀な夢見てないで、必死に勉強して、いい大学に入って、いい仕事につけって思わないの。」
「そりゃ、そうは思うよ。でも、君はそれでも夢を追いかけたいんじゃないの?」
「何でそう思うの?こんなバカげた夢だよ。今から勉強頑張れば、何にでもなれる。良い会社に入って、十分な給料もらって、幸せに暮らすことができる可能性はある。でも芸人になったら、そんな幸せ受けられないかもしれない。ずっと人気が出ず、食べていくことが精一杯になるかもしれない。そんな危ない未来に向かおうとしているんだよ。先生だったら止めるんじゃないの?」
「君は俺に止めて欲しいのか?夢を諦めろって言って欲しいのか?そんなことで諦めがつくことなのか?」
「諦められないわよ。でも、あなたは諦めさせるのが仕事なんじゃないの?」
「確かに、普通の教師だったらそれがいいのかもな。でも君の芸人になりたいって気持ちは本気なんだろ。だから、ネタ帳みたいなの持ってるんだろ。普通の人は芸人になりたいって思っていたって、ほとんど行動はしない。何となく頭で考えることはしても、それで終わり。ノートやパソコンに文字を打ち込みこともしない。でも君は、行動しようとした。思いついた漫才の設定や、ネタのアイデアを書きこんでいた。台本とまでいえる内容ではなくても、きちっとセリフを書き込んでいた。まだまだ漫才って呼べるものではなくても、一人でそれを考えたんだろう。それが出来たっていうのは本気だからじゃないの?」
「・・・その通りよ。何でそこまでわかったの?教師1年目の癖して。」
「これに教師経験なんて、関係ない。」そう。本気で夢を追ったことがある人だったら、誰でもわかることだ。一歩行動することの大変さは。
「それに夢っていうのは呪いと一緒なんだよ。」
「何?今何って言ったの?」
「夢っていうのは呪いと一緒。一度夢見てしまったら、叶うまでその夢は頭から離れることはない。夢から目を背けて、全然違う道に進んで成功したって、心は満たされることはない。何か別のことで評価されたって、嬉しくならない。ふと我に返ると、夢が叶わなかったことの悔しさがこみあげてくるから、全然幸せになれない。こんなの呪いと一緒だよ。」
「どうやったら、その呪いは解けるの?」
「夢を叶える。もしくは前の夢が霞むぐらい、強く叶えたいと思う夢を見つけること。それしか呪いは解けない。」
「そんなこと言うなんて、先生は何か夢を追っていたの?今でも呪われるぐらいの夢があったの?」
「・・・いや別にそんな夢はなかったよ。今のセリフは大学時代の友達の話や。その友達も芸人目指していたから、ちょっとそう思っただけや。」
「ふ~ん友達の話なんだ。その友達は今でも芸人しているの?」
「わからない。風のうわさでは去年辞めたって聞いたけど。今は連絡取ってないからな~」
「・・・そうなんだ。芸人辞めちゃったのか。」彼女は寂し気につぶやいた。まるで自分の知り合いが、芸人を辞めたことを残念がるように。
「そこまで言われたら、芸人になる夢叶えないといけないね。先生、協力してよ。」
「何で俺が協力しないといけないんだよ。芸のことなんてわからへんぞ。」
「だって、私に協力してくれる人なんていないし。」
「相方は?漫才の相方はいるんだろ。」
「いないよ。相方なんて。」
「いないの?漫才のネタを書いてるように思えたけど。」
「え~。いつか相方ができたときのために書いてたの。でもまだ相方はいないわ。」
「相方は探さへんの?この学校でもお笑い好きなコはいるんじゃない。募集したら?」別にお笑いが好きというのは、それほどマニアックな趣味ではない。中には漫才してみたいっていう人もいてもおかしくないだろう。そのコと練習すればいい話だ。
「それはダメ!」彼女は俺の提案を強く拒絶した。
「何で?」
「私が芸人になりたいなんて学校の人にバレたくない!そんなことしたらみんなに笑われる。」彼女は声を荒げた。
「あなたは赴任したばかりだから知らないようだけど。私は学年一位の学力の完璧才女。みんなのお手本になるような生徒なの。そんな私が芸人という夢を追っているなんて、言えるわけないじゃない。」彼女は顔を真っ赤にしながら、俺に訴えかけてきた。周りから寄せられる期待。それが彼女が夢を向けて歩き出そうとすることを、止めているようだ。
「なんだ、今のは自慢か。私は頭がよくて、綺麗で、みんなから注目を集める存在ですよって自慢しているのか。」
「そうね。自慢に聞こえるでしょうね。でも、芸人になりたいって言ううえでは、学年一の頭の良さも、容姿端麗な姿も欠点にしかない。」俺が少し棘のある感じで話した言葉にも、彼女は凛とした姿勢で言い切った。今自分が置かれている状況が、本当に悩んでいるということを訴えたいようだ。
「まあ君の言い分はよくわからない部分もあるが、この学校で芸人になりたいっていう夢を隠しておきたいなら、高校卒業してから芸人を目指せばいいやん。大学生になったら時間もできるやろ。そうしたら、芸能事務所が運営している芸人の養成所に入ればいいやん。」
芸人になる一番簡単な方法は、芸能事務所が運営している養成所に入ることだお笑い芸人を抱える事務所の多くは、新人発掘として養成所という芸人育成の学校みたいなものを運営している。養成所に入れば、ネタ作りの基礎を学ぶことができるだろうし、相方を見つけることもできる。実際、今活躍している芸人の多くは、どこかの養成所に入学することで、芸能人生をスタートとしているはずだ。
「大学に入って、養成所に入ってるようではダメなの!それじゃ遅いの!」
「遅くはないだろ。大学卒業するタイミングで養成所入る人も多いし、何なら社会人経験してから養成所に入りなおす人も多いやろ。」最近テレビで見た芸人も、30近くになってから芸人の道を目指したと言っていた。もはや、始めるの遅いなんてことはないだろう。
「大学に入って時間ができる。そんな暇な学生ばかりじゃないよ。現に私の親が薦めている進路に行ったら、おそらくそんな時間は取れない。引き返せない!」
「君の親が薦めている進路ってどこよ。」
「医学部!」
「医学部!?」
「そうよ。私の父は医者なの。しかも開業医。小さいながらも自分で診療所を建てて、医者をしている。父はその診療所を私に継がせたいみたい。だから、小さいころからめちゃめちゃ勉強をさせられた。おかげで進学校であるこの学校でも、学年一位を取れるぐらいの学力が身についたの。」
すっげえ~。医学部なんて行きたくても行けない人が多いだろう学部なのに、このコは行くことは簡単にできるって言いきれるんや。それぐらい勉強には自信があるんや。
「でも。私がやりたいことは医学の道に進んでも実現できないの。それでもこのまま大学に入ったら、きっと勉強なり実習なりで時間に追われる。きっと医学部の勉強は養成所に行って、ネタを考えながらできるほど甘くはないはず。だから」
「だから高校生の間にお笑いで結果を出したい!そしてその結果を持って、親に夢を追うことを説得したい。それが君の考えていることか」
「そうよ。私には後2年しか時間がないの。3年生になったら受験勉強で忙しくて芸人どころではなくなるかもしれない。だから私は高校2年である、この1年が勝負なの。」
「なるほど。君の考えはわかった。この1年で結果を出した。でも学校の生徒には芸人を目指していることはバレたくない。さすがに両方追うのは、贅沢なんじゃない。」
「贅沢!?あんたさっきの話聞いてた。私は。。。」
「君は芸人になりたいの?世間体が大事なの?どっちなの?」
「そんなの!両方大事よ。」
「は~。そんな都合の良いことを叶えるのは無理や。そもそも芸人なんて、笑われる仕事や。笑われること恐れてはできない。」
「私は人に笑われるなんて嫌なの。人を笑かせたいの。」
「最初から人を笑かられる人なんておらん!面白いと思って考えたことが、全然笑ってもらえない。むしろ、ネタが飛んだり。めちゃめちゃ噛んだり。何かハプニングが起きたり、こちらが意図していないことでしか笑いが起きない。そう笑われることでしか笑いが起きない。そんな地獄みたいな経験を何度も何度も繰り返さないと、人を笑かすことなんてできない!最初から笑われること恐れるやつに、笑いなんて起こせないよ!」気が付けば俺は、お笑いのことを熱く語っていた。
「何?今の話。妙に説得力あるじゃないの。あなた経験者なの。」
「いや。俺の芸人の友達が言っていた。それにテレビで売れない芸人の特集を見たことがあったからや。」そう、今のは人から聞いた話だ。
「結局。あなたも私に芸人を諦めろって言っているの?」彼女は非難する目でこちらを見てきた。
「違う。違う。別に夢を諦めろなんて言ってない。でも本当に夢を追いたいなら、妥協することがあるんじゃないかってことを言いたいんや。」
「何を妥協すればいいの!」
「当面の目的は今年1年で何かしらお笑いで結果を出したいんやろ。そのためにはまず相方を見つけて、ネタを作るようにならないといけない。でも今すぐ養成所にはいけない。じゃあもうこの学校で相方を見つけるのが一番いいんじゃない?」
「でもそれじゃ私のイメージが。」
「それはそんなに大事なのか?本当に夢を叶えるためなら、捨てないといけないんじゃないのか、そのプライド。笑われる覚悟を持たないといけないんじゃないのか!」
彼女は黙って下を向いた。おそらく今のイメージを築き上げるのに、人知れず努力をしたのだろう。だから、俺の意見に反発する気持ちはあるのかもしれない。でもそれは捨てないといけないプライドだろ!
「わかったわ。私妥協する。」彼女は不服そうにつぶやいた。
「あんたの口車に乗ってあげるわ。この学校で相方見つけて、漫才始めることにするわ。」
「答えは出たようだね。」よかったこれで話は一件落着と。さて職員室に帰ろうと。
「先生、相方探し協力してよ。」帰ろうとする俺の背中に、彼女は話しかけてきた。
「何で俺が協力しないといけないんだ。それは自分で探すものだろ。」そうそう俺は別に文芸部の顧問でもないし、協力する義理はない。ただでさえ教師になったばかり、覚えることが多くて大変なんだ。こんなことに付き合ってられない。と、断ろうとした瞬間。
「でも先生、私のノート勝手に見たよね。」
「え?」
「そのノートを見て私の秘密を知ったんだよね。これってプライバシー侵害じゃない。」
「いや、それはノートを落とした君が悪いし、しかもノートに名前書いてないんだから中を見ないと仕方ないやろ。」罪を着せられないよう俺は慌てて彼女の言葉を否定した。
「それに、先生昨日私にぶつかったよね。ころんですごく痛かったんだけど。ほら、ひざに傷残っている。これって傷害罪だよな。」
「いやあれは、君がぶつかってきたじゃないか。ケガさせたのは悪いけど、ぶつかったのはどちらかというと君のせいだろう」
「ふ~ん。でも私の方がぶつかったって証拠はないよね。証拠はないけど、傷は残っている。客観的に見てこれってどっちが悪いかな。この事件について報告してもいいんだよ、校長いや理事長に」
この女、俺を脅そうとしている。さっきボケでつかったはずの校長・理事長を今度は脅しの対象に使うなんて。。。
「君は何が言いたいんだ?」
「せっかく教師になれたのに、数日で罰を受けたくないよね。だった協力して、相方探し」
ということで、どうやら頷くしか状況に持っていかれた。さすが学年一位の女、教師よりも交渉がうまいでやんの。っていうかあまりにもうまくことが運んでいるな。これってこのコが計画したことじゃないやろな。
「わかった。相方探しは協力してやる。それで満足か。」
「うん、ありがとう。」
相方が見つかれば、二人でネタについて考えるだろう。夢を追うことが彼女にとっていい選択なのかはわからない。でもそれは彼女が決めることだ。夢は呪い。中途半端に止めたって、呪いは解けることはない。呪いを解くには、夢を叶えるか、別の強い夢を見つけるしかないのだから。
そういえば最後まで聞くのを忘れていたことがあった。
「ところで君の自己紹介がまだやねんけど。君の名前は?」
「御影彩美」
「御影さんか。好きな漫才の種類は」
「関西のしゃべくり漫才。」
「そうか。それは確かにオモロイな。」
ということで、この学校に来て初めて名前を覚えた生徒は、学年一の学力と美貌を持つが、呪いにかけられた女の子だった。きっと悪い奴ではないんだろう。だって、俺と笑いの趣味が一緒なんだから。
ワラワラ〜笑われてもいい、笑かせたい〜 @yu_takanashi
★で称える
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