第2話 それは出会いというより、出遭い
「相川先生、さっきの自己紹介ユニークで良かったですよ!さすが関西の人ですね、面白い!思わず笑いそうになりましたよ。」
地獄のような空気の就任式が終わり、職員室に戻った途端、中年の教師が話しかけてきた。確か、岡本という名前だったと思う。30代後半ぐらいで中肉中背。少しうすくなってきた頭頂部と相反して、俺を見る眼は汚い花火のように光っていた。
面白いと思うなら笑えよ!お前が面白いと思ったのは、俺が失敗したからだろ。ひょっとしたら本当に褒め言葉として言ったかも知れないが、あいにく俺の今の精神状態と俺の育ってきた環境が、言葉を悪くとらえてしまう。
就任式のショックから立ち直れないでいると、気づけば先生を集めたミーティングは終わっていた。明日から始まる授業の準備が終われば、今日は帰ってもいいようだ。とはいえ今日は真っ直ぐ家に帰る気にはならない。初めて来る学校だ。少し校舎の中を回ってみようか。
新学年も始まったところで、授業はまだ始まっていない。運動部の生徒はグラウンドや体育館で練習に励んでいるが、それ以外の生徒でほとんど帰宅している。おかげで校舎の中は静かなものだ。あれだけ失敗した就任式の後だ、生徒と顔を合わせたくない今の俺に取っては打ってつけの環境だった。
春日高校は、大きく分けると校舎が二つ。各クラスの教室がある新校舎と、生物室や被服室などの移動授業で使う教室と文化部が使用する部室がある旧校舎がある。
新校舎は今後授業で散々行くことになるだろうが、文化部の顧問でもない俺は旧校舎に来る機会は少ないだろう。授業が始まれば、授業の準備や報告書の作成、テスト問題づくり、更には先輩教師から指示される雑務に追われることは予想がつく。ひょっとしたら旧校舎に来ることは全くないのかも知れない。となれば今は絶好の機会。散歩だ。探検だ。
旧校舎の教室で活動したいは文化部はあるようだが、うちの学校は運動部と比べて活動的な文化部はいない。旧校舎を歩いていても誰ともすれ違わない。一人の時間になると、嫌なことが思い出される。
「俺は何で、自己紹介で冒険してしまったんや〜!!!」ボケたはずなのに、無表情でこっちを見てくるいくつもの顔。あの顔を見るのはいつも辛い。
「アカン。アカン。止めろその顔。何でや。何であんなん言ったんや!」気づけば呪いの言葉のように、怨嗟の言葉をブツブツ言いながら廊下の隅を下向きながら歩いていた。
この時俺は油断していた。旧校舎には誰もいないもんだと思っていた。
ガラガラガラ
突然開かれた扉から、一人の女子生徒勢いよく飛び出してきた。教室側の廊下の端を歩いている俺はそれを避けることが出来なかった。
ドーン!!という衝撃とともに、俺の身体は地面に倒れ込んだ。
「痛っ!」俺にぶつかった女子生徒は小さく悲鳴を上げ、同じく廊下にお尻から倒れ込んだ。その衝撃で女子生徒が持っていたかばんの中身も廊下に散らばった。どうやらかばんのチャックは開いていたようだ。
「ごめん。君、大丈夫!!」慌てて俺は彼女に声をかけた。
「大丈夫です。私の方こそすいませんでした。」そういうと彼女はかばんから散らかったものを拾い集めていた。
「すみません。私急ぎますので」そういうと彼女は一目散に廊下を駆け出していった。
「廊下は走るなよ!」出た!教師が口走るテンプレート台詞の代表格。いつか俺も言うことになるのかなと思っていたら、なんと初日に言ってしまうことになるとは。とはいえ俺もぶつかられて倒れているんだから、思わず口走ってしまうのは仕方がないだろう。
「うん?何だこれ?」教室とは逆側の廊下にノートが一つ落ちている。「さっきの娘が回収し忘れたのかな。」そう思いノートの表紙を見るが、名前は書いていない。このままでは誰のノートかわからない。あまり気乗りはしないが、持ち主確認のため俺はノートを開いた。
どうやらこのノートは授業で使っているものではなさそうだ。何故ならノートの1番上に「ネタアイデア」という文字が書かれていた。そしてその下には、以下のような文字が。
「コンビニ強盗。気の弱い強盗と何事にもどうじないバイト店員」
「進路指導。成績の悪い生徒を先生が叱るはずが、途中から先生の授業教え方を採点する生徒」
「歯医者。人見知りすぎて、絶対に患者と顔を合わせられない医者。」
どうやらこのノートは、漫才かコントか何かしらのネタのアイデアのようだ。
ノートの持ち主も、どんな内容なのかはわからなかったが、ただ一つわかったことがある。「たぶんこのノート見たらダメなやつだ!」
気安くノートを開けてしまったことを、相川はひどく後悔した。
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