とある獣医の不眠症

狐照

とある獣医の不眠症

ここ最近、不眠症に悩まされている。

色々忙しいのが原因なのは分っていた。

それでもまぁ、多少眠れない程度だから大事無いって誤魔化していた。

けれど先日寝不足が祟って、恋人の前で倒れてしまった。


「自分の面倒も見れない奴が仕事をちゃんと出来るとは俺は思わん」


図星に何も言い返せず、しばらく休業することとなった。


「そもそも、獣医としての仕事の範疇超えたことやり過ぎだ」


「まぁ、そうなんだけど…」


俺の回復を監視する為に、恋人も休業してくれた。

だからずっと傍に居てくれて、前よりもっと好きになってしまっている。

鋭い眼光の恋人を抱えなおす。

監視の為に恋人も休業してくれた。

ソファに座っていたら膝の上に乗っかってきたのだ。

恋人曰く重しだそうだが、時々甘えるように擦り寄られ堪らない気持ちになる。


「お見合いとか」


「うん」


「仲人とか」


「うん…」


「婚活パーティーとか」


「…はい…すいません」


患者さんである幻獣の出会いは少ない。

患者さんである神獣なんてもっと少ない。

信用出来る人間も極わずかだ。

だから医師として人間として、頼られてしまった。


あの人間と番うのに問題は無いか。

仲を取り持って欲しいとか。

出会いが欲しい!とか。


俺には素敵で強くて可愛い恋人が居るので、彼が居ない人生なんて無意味なので、独りの辛さよく分かるのでついつい手伝ってしまった。

その所為で余計に忙しくなってしまったので自業自得だ。

そんな俺を支えてくれている恋人に感謝しかない。

そんな思いで抱き締める。

恋人が俺をじっと見る。

徐々に顔が近寄って、



「おっすーー!俺様が遊びに来たぞーー!」


キス、しようとした時だった。

友人の黄龍が本来は山より大きな躰をアナコンダサイズに縮小させ、部屋に飛び込んで来た。

黄龍は自由な気質にそれを許される存在なので咎めても無駄だ。

けれど恋人は嫌悪感を隠さず鋭い舌打ちをした。

恋人は黄龍が恋人の座を狙う不埒ものという認識を持っており、黄龍は恋人を嫉妬深い狩人キライ!と、犬猿の仲。


案の定良い所を邪魔された恋人の眼が据わった。


「なぁ」


「うん?」


「でっかい不細工猫そこどけ俺様が座る」


「不眠症の原因は動物性たんぱく質の不足だって言ったろ?」


「う、うん…」


その知識の元、恋人は色んな動物性たんぱく質な手料理を振舞ってくれている。

恋人の手料理を毎日食べて、恋人と毎日一緒なので、俺の不眠症は最近改善しつつある。

本当に献身的で有難い愛しい存在だ。

黄龍はそんな俺の想いを知っているので、彼なりの友情で接してくれている筈だ。

…恋人以外膝に乗せる気ないんだけどなぁ。


「超良質な動物性たんぱく質」


物騒な呟きが耳に入った、瞬きをした、そしたら恋人が腕の中から消えていた。


「え?」


気付いたら恋人が黄龍の躰を踏みつけ、尻尾をむんずと掴んでいた。



「へ?」


黄龍は何をされているのか分からず、まさか偉大なる地脈の王なる龍を踏みつけることが出来る人間が居るなんて、という顔をしている。

俺も出来るとは思ってなかった。

恋人はかなり手練れの狩人だ。

色んなことが原因で狂った獣を屠ることを生業にしている、強い、人。

強いとは知っていたけれど、龍種最強と謳われている黄龍を踏みつけ、抵抗する尻尾を抱き締め、その力を巧みに逃がしている。

ぎゅうって、抱き締めてる…。


「じゅ、じゅうぃいい!助けろおおおお!」


「尻尾、尻尾の先だけ、龍肉って美味いんだよ、食わしてやりてーんだよ、好きなんだからいーだろ?な?」


「…そのナイフで斬れるの?」


「じゅうい!じゅういいいい!おい猫!黒猫!!俺様!よこしまなのやめるからあああ!」


「おう!ヒヒイロカネだから、痛くないぜ?安心しろぉ」


恋人が晴れやかな笑顔を浮かべた。

ヒヒイロカネで斬るならいいかなーと思った。

…。


「…あ!だめだめだめ!友達のお肉は幾らなんでも食べられないよ!」


つい、一瞬納得してしまった。

ギャン泣きし始めた黄龍を助ける為に、俺は慌てて恋人を抱き締める。

恋人はナイフを納め俺の腕の中に大人しく収まってくれたから、黄龍に早く逃げろと促した。

黄龍はふらふら飛んで逃げ去って、恋人はもう邪な物存在忘れ俺に夢中。

再び、ふたりっきりの時間が。


「あそびにきた…」


「ご飯が美味いと聞いて」


「嫁のことでご相談が」


恋人が腕の中でブルブル震え「ちょうりょうしつなどうぶつせいたんぱくしつ」再び物騒なことを呟くから、俺はその猛者の体抱き締め囁いた。


「俺以外もう触らないで」


はたして恋人はぎゅむっとしがみついてくれたから、余計な嫉妬しなくて済んだなって安堵の息を吐いたのだった。





「これがただしいつがい…」


「嫁、力…!」


「なるほど!なるほどぉ!!」

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