きへん×素直

「なあなあ、はにむーんは、どこいきたい?」


馬鹿っぽい甘えた舌っ足らずな言葉使いだった。

けれど素直はそれも愛おしので笑ってどこがいいかなぁ?と優しく応える。


「おれはねーそだなーぁ…」


猫撫で声も良いところ。

けれどそれがもう普段のギャップを生んで可愛くて可愛くて。


「素直のいきたいとこがいいなぁーって」


「俺の?」


「うんー」


間延びした、見た目にそぐわない。

素直は爽やかな美丈夫がへらへら笑っているのだと思うと、つられてにやつかずにはいられなかった。


「んー…温泉、とか」


「おんせんっ。いいねいいね。かしきりにしてーふたりっきりだーぁ」


足をばたばたさせる音。

喜んでいるに違いないが、


「貸し切りって…そんな」


金掛かるよ、と言う前に「だってはにむーんだよ-?」嫌なの?と甘い声。

素直は思わずぞくりと感じてしまう。


「嫌じゃ、ない…嫌とかは…でも…」


「でもー?」


「なんか恥ずかしいよ…そんな二人っきりになるとか…」


素直はわざわざ貸し切りにして二人だけの世界を作る工程に、まだ実行してもいないのに恥ずかしさで死ねると赤くなる。


「…ふうふになったら、ずっとそだよ?あたりまえだよ?」


若い夫婦が金掛けて特別な空間作るなんて、当たり前か。

舌っ足らずの口調の癖に的を得ることを言われ、素直は「それも、そうだな…」素直に頷いた。


「にひひーずぅっとふたり、ね」


子孫繁栄は後回し。

確かにずっと二人でまずは居たい。

素直は忙しい相手を思い、彼が望む二人だけの生活を思い描く。


「へへへ…楽しみ、だな」


素直は未開封の段ボールの山を仰ぎ見る。

新居に一人、片付けに彼はむしろ邪魔。

なんとなくこの山に立ち向かう気力が湧いてきた。


「…素直」


「ん?」


「愛してるよ」


普段の口調に戻られ、言われ慣れているにもかかわらず素直は頬を真っ赤に染める。

いつまでたっても照れてしまう。


「うん、俺も……ほら、もう仕事だろ?」


ごく普通の会社勤め人の素直は真面目に仕事を優先させる。

それに僅かながら不満な彼だったが、早く仕事を終わらせ素直の待つ新居に帰宅する方が良いと「うん、分かってる」受話器越し、切るのが惜しい。

互い苦しく息を吐く。


「じゃあ、仕事行く…」


「うん…早く帰っておいで」


「んーっ素直…ちゅーっ」


携帯電話越しのキスは苦い。

けれど彼はめげずに繰り返す。


「…早く帰って来て…その、ちゃと、して、な?」


素直はキスされていると確かに感じながら、帰宅を待ち望む。


「うん、するー」


やはり最後に舌っ足らず。

じゃねー、じゃあな。


彼は寂しげに、切れた携帯端末を見つめた。


「見せつけますなぁ」


「あ?」


仕事仲間の一人に絡まれ、彼は先ほどまでとは一変。

椅子にふんぞり返り、文句あるのか殺す、というような高圧的なオーラを放つ。


「仲が宜しいこってって意味だよ、きへん」


「はっ、羨ましがるなよ。引っ越し祝いのパーティーには呼んでやるから」


「お、珍しー。いいの?」


「素直がお前呼べって」


「素直くん良い奴」


「当たり前だろ」


「きへんパーティーすんの?僕も行きたいー」


「あ、あたしも」


「もちろん、俺も呼んでくれるよね?」


「…誰がお前らなんて呼ぶかよ」


「あらま…」


「嘘、呼んでくれないの-?」


「きへんの意地悪ー!」


「きへんくん、僕たちの仲じゃないかぁ」


「そうそう、素直くんだっけ?会わせてよ」


「どんな人か、見たいじゃん」


煌びやかな衣装を身に纏い、綺麗にメイクされた綺麗な女性青年たち。

背も高く体つきも申し分ない彼らに、きへんは侮蔑の目線を送り、


「なんで雌犬と雄犬と雄猿の分際なカス共を俺と素直の大事な家に呼ばなきゃなんねーんだよ」


仕事仲間のモデル達を心底嫌悪し、罵り切り捨てる。


「尻軽糞下半身共黙って失せろ」


そう彼に言われた彼らは何も言い返すことなく怯えながら、控え室から逃げ出して行った。

関係がなかったわけではない。

それを否定するつもりもない。

ただ彼らの性に対する考え方が、彼にはどうしても耐えられるものではなかった。

転職するか素直に養われるか。

いつも思うところだ。


「相変わらずきっつい言い方かあいそー」


一人残っていた男は、彼らとは違う。

むしろ性に対してかなり淡泊だ。

そこが気にいっているきへんは「犬猿には調度良いくらいだ」愉快に笑う。


「お前ってさー素直くんにああいう言葉責めすんの?」


今日ちょうちょ捕まえに行く?程度の軽さだ。

男のこういうところも、彼は嫌いではない。

彼が聞きたいのか?と目線をやると、「ちょっとした好奇心」バッタ捕まえたと言うような口調で笑う。

この男は余所へしゃべることもしない、余計な口出しもしない。

快活で気分が良い。

なにより素直に気に入られている。

素直はこの男と自分が仲が良いと嬉しそうにしてくれる。

彼はそんな男に素直に答えた。


「…夜とか色々可愛がる時、だけな」


妖艶な、欺騙甚だしい微笑みを浮かべる彼に、男は末恐ろしやと軽い調子で身震いをした。

それはありんこさんの巣みーつけたみたいな程度のものだった。

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超・烈・婚 狐照 @foxteria

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