切断×穏健
きりりと目付き鋭い切断が、穏健は大好きだった。
穏健が通う男子校でも一位二位を争う男前な切断。
争っている相手が自分だと理解もせず、大型犬のような穏健は一目惚れした入学式、切断に求婚した。
けれど答えは簡素に「断る」だった。
けれど求婚はシンプルにかつ礼儀正しく情熱的に一日一回めげることなく。
この大好きを伝え続ければ想いは通じると信じた。
というか伝えずにはいられなかった。
けれど結果はいつも同じで「断る」
けれどけれどと穏健は、切断にばっさり振られ続けた。
卒業目前のこの日も、求婚断る無残無残。
通算幾千敗め。
穏健は昼食後中庭で読書をする切断に、下唇を咬みながら切り出した。
もう、駄目なのだ、と諦めて。
「あのね切断くん…」
求婚を除けば、二人は気の合う友人だった。
恋人ではない親友止まり。
このままの関係を穏健は望んだことはなかった。
求婚は断るが傍にいることを拒まない、むしろ寄ってきてくれる切断に、自分に対して好意を感じていた。
だから熱意を伝えれば、結婚して貰えると。
穏健は夢を見ていた。
その夢を蹴って溝にシュートする見合い話が持ち上がった。
相手は親の、国を動かす人たちの政略結婚的な人。
顔も見たことがない。
性別も歳も知らない。
それでも、もう何故かとんとん話で結納の日まで決まっていて。
切断が、応と答えてくれたら。
いいやもう、儚い夢。
「んと、僕…その…婚約が決まって」
切断が否と答えていたのには、親友であろうということ。
求婚がなければ、良き理解者。
それを穏健は望んでいなかった。
「……今までしつこくして、ごめんね」
故に、穏健は立ち上がり「素敵な人と、結婚してね」足早に校舎へ戻った。
その日以降、二人の関係は事切れた。
いやまるで避けられいる、そんな気がした。
それがいいと割り切って穏健からも、切断と顔を合わさず挨拶も交わさず、求婚もしないまま。
ついぞ結納の日が訪れた。
正装するでもなく、穏健は学生服でとある洋館を改造したホテルに連れられた。
会場には叔父や叔母、従兄弟に両親の上司など見知った人は沢山いたが、見知らぬ偉そうな人も多かった。
両親に挨拶をしろと言われ素直に挨拶して回った。
そこにはこれから生涯を共にする婚約者も含まれていた。
穏健は、絶対好きになれない。
好きにならない。
思わず浮かべた愛想笑いの下で、動揺し嫌悪していた。
容姿がどうのではなく、性格が壊滅的に合わない。
というよりも合う人間がいるのかどうか。
口にするのも憚れる人格に、穏健は切断を想ってしまった。
隣に座るのを身体が拒絶し吐き気を催すそれを殺す。
品のない笑い声。
口にするのは金のこと。
二言目には下世話な話題。
一秒でも早くこんな所から抜け出して、切断に会いたい。
でも、親友では嫌だ。
泣いて縋れば助けてくれるやもしれない。
けれどそれでは嫌だ。
深い溜息を零すと、婚約者が下品なことを言ってくる。
鳥肌を太股まで立たせ、穏健が愛想笑いで誤魔化した時だった。
「黙れ性格ブス」
容赦ない声色、きりりとした鋭い目付き。
思い焦がれた切断が、穏健の前に姿を現した。
罵られ怒りで顔をゆがめる婚約者に切断は、
「穏健に性格ブスは相応しくない、というよりお前に相応しい番はこの世に存在しない。よって死ね」
婚約者は泡を吹いてなにか言い返そうとするが、
「息をする価値がお前にあるのか?偉いのはお前じゃなくてお前の弟だろ?お前の両親だろ?お前に何が出来る?しているのは酸素の無駄遣い。壊滅的に人格が崩れた行き遅れた糞ばばぁ」
切断が、日本刀の一撃。
穏健の手を取り、会場からすたすた連れ出す。
穏健も周囲の人間も、切断の登場に呆気に取られ誰も何も言えない言わない。
ただ一人、婚約者だけが狂った金切り声を上げた。
庭園まで大人しくしていた穏健だったが、徐々に腹が立ち始めていた。
意味が分からない。
そして親友として救ってくれたのだったら、尚のこと忌々しい。
「何しに来たの?」
珍しく尖った声に切断はその手を放し「何怒ってるんだ?」と悪びれるでもなく立ち止まる。
「何って…何で来たの?すっごく迷惑だよ」
「何でだ?」
「な…切断くんはそれでいいかもしれないけど、結局僕はあの人と結婚する以外道はないんだよ!?」
自分で言って穏健は、悲しくて泣けてきた。
結末は、どう足掻いても絶望。
切断にとって自分は親友でしかない。
それも自分は望まない関係。
嬉しくない、こんな救世主。
穏健は肩を震わせ、泣き続ける。
切断はそんな悲しい涙を舌で舐め「穏健、俺の嫁になれ」求婚後口づける。
切断のその表情と来たら。
穏健は今まで見て来た切断のどの表情よりも、りりしく精悍で素敵だと。
穏健は色々なことにびっくりし涙も思考も完全停止。
けれど返事だけはすぐできた。
「はい…」
切断はよし、と笑い、再び穏健の手を取り歩き出す。
穏健は脳内お花畑、連れ去られるまま。
切断の実家、彼の部屋、布団の中であれこれ済ませた二人。
うとうととしていた穏健の隣で、切断がありがとうございますと、端末を切った。
何の話?と眠たい声。
切断は、お前を連れ去った事後処理、とだけ言って穏健の頭を撫でた。
両親のことが気がかりだったが、切断に任せておけばなんとかなる気がした穏健は、裸の真婚約者に擦り寄った。
「…あのさ…なんでいつも俺のプロポーズ断ってたの?」
「…俺はお前を嫁にしたかったんだよ」
「…うん…僕もその、そのつもりだったよ?」
先ほどの情事でも役割は揉めなかった。
穏健は最初から、嫁になるつもりで求婚していた。
「…俺はお前を嫁にしてーのに、お前毎日求婚しに来やがって」
「…う、うん…」
それの何がいけなかったのか。
好きで大好きで、親友じゃないものになりたくてたまらなかった。
「…俺が求婚する隙が、あったか?」
「……なかった…ね…」
穏健は目を泳がせる。
合点がついて、切断を見つめることができない。
嫁にしたい相手から求婚了承?求婚を断っておいて自分から求婚?そんな格好悪い不細工なこと、切断がするわけがない。
「でも…そしたら…結納までのあの無視とかは…?」
「あれは、お前が素敵な人と結婚してね、と言うから。腹が立って」
「…僕…切断くんに会えなくて寂しかったんだよ…?」
「んなこと言う罰だ。俺がお前以外と結婚だと?はっ」
切断が心底アホくせぇと、切り捨てる。
穏健は足をもじもじさせ切断に縋り付く。
とにもかくにもごつごつむきむきの男子二人は、布団の中組んず解れつ。
穏健の両親らより遙かに尊い存在の切断の家族が見守る中、二人は一週間後結納をすませることとな相成った。
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