超・烈・婚

狐照

秀才×楽人

冬物のコートを季節だからという理由で手放すこと愚かしい今日この頃。

アスファルトでできたこんもり小山の上にある踏切で、秀才は楽人に別れを告げた。

一ヶ月後、二人は高校を卒業する。

インテリ眼鏡がトレードマークの秀才は、なんとなく科学者っぽい見た目だと周囲に言われ続けること幾星霜。

なんとなくに流されるまま勉学に努め受験し、この春理系の大学へ進学する。

一方、金髪舌にはピアスの楽人はミュージシャン。

卒業と同時にプロとしてデビューすることが決まっていた。

見た目も行動もすべて派手な楽人だったが、秀才を心の底から愛していた。

それは秀才も同じだった。

けれど秀才は別れようと、二人の通学路で唐突に切り出した。

嫌何、なんとなく踏切で別れようとここ最近秀才は思っていたのだ。

遮断機越しに去る。なんとなく、きっぱり別れることができると。

どうしてだか思ってしまっていたのだから仕方がない。

秀才は一歩、また一歩と俯く楽人を残し線路をまたぐ。

後は電車が来ればいい。

そうすれば、手放せる。

鳥かごから鳥を逃がす感覚だ。

楽人の金髪が、冷たい風にされるがまま遊ばれていた。

冷えたその毛先を暖めてあげたかった。

離れているのに手を出し掛けきつく握り締める。

伸ばしたままの爪が掌に食い込んだ。

根本が黒くなったら教えてねと、無邪気に笑って言われたことを思い出す。

綺麗に染めてあげた頭頂部を、秀才はただ見つめる。

楽人は、今だ何も話さない。

見ようとしない。

その方が、いい。

秀才は早く電車来い来い、来い。

ちらほら帰宅する人に奇異の目を向けられながら待った。

滑稽に。


かんかんかんかん


警報音がその時の秀才の唯一の救いで、待ってましたと顔を綻ばせる。

これで去れる。

別れられる。


「っでだよっ」


冷たい空気を切り裂く、綺麗な怒号。


「なんでだよっ」


力任せの怒鳴り声。

喉に悪いと諫めたかったが、秀才は一歩も動けない動かない。


「言えよ!愛してるって言えよ!」


怒りに震える楽人に、強迫観念に駆られ答えかけ口をつぐむ。

なぜなら、愛しているからだ。


「言えよ!」


言えない。

口が裂けても怒られても。

いつも思っていた。

この才能に満ちあふれた未来明るい楽人の傍に、自分は相応しくないと。

誰よりも愛せる、それだけは絶対に自信がある。

けれど、支えるに相応しくない。

才能のない流されるまま科学者になろうとする凡人なんかが。

楽人の怒り狂った表情、警報音を掻き消す言えよの嵐。

秀才はただ呆然とそれを眺め待つ。

二人を遮断するように、遮断機は下り。

二人を分断するように、電車が夕暮れを走り抜けた。

冷たい強風が体を押し、秀才はよろめいた。

お別れだ、と確信できるほど、電車は長く長く。

秀才は立ち去るのを忘れて呆然と。

電車が過ぎたら楽人はきっともう居ない。

切り替えが早い。

呆れて嫌って、じゃあいいやもうさよなら。

それができるそれをするきっとそう。

今まで恋人でいられたのが奇跡。嫌ってくれ去ってくれ。

秀才は、楽人に愛された日々と愛した日々を思い返し涙を堪えることもせず泣いた。

往来ということも忘れ膝をつき、頭を掻きむしった。

横断待ちの人々がなんだなんだと好奇の目気にせず。

遮断機が上がった。

真横で車が発進エンジン音。

居ないと思っているくせに探してしまうのは、愛しているから。


「俺を諦めんなよ!言えよ!このばかぁ!」


楽人の歌声が好きだった。


「愛してるって言えよばかぁ!」


楽人の歌が好きだった。


「結婚しようって言えこのっばかやろー!」


楽人を愛していた。

どうして居るのか、何故まだそこに居てくれるのか。

愛してるからか。

答える訳にはいかない愛しているから。

楽人はそんな秀才の苦悩など知らず、ばかぁばかぁと叫ぶだけ。

それは余りにも幼稚で稚拙な罵倒だったが、秀才を怒りで満たすには十分だった。

秀才は恥も外聞も捨て、


「馬鹿とはなんだっ!馬鹿とはっ!お前の為を思って飲み込んだ言葉がどれほど嚥下しずらかったかお前に分かるのか!ふざけるなっ!想像を絶する苦痛と覚悟を持ってお前と決別を選んだ俺に!馬鹿とは!愛しているに決まっているだろこの大馬鹿者がっ!結婚だと!?したいに決まっているだろこの愚か者っ!」


柄にもなくぶち切れ後先考えず本音をぶちまけた。

楽人は金髪を振り乱し、子供のように秀才に飛びかかりキスをした。

楽人に押し倒された秀才は、冷えた唇を夢中で貪ってしまった。

別れを決め込んだ覚悟は何処へいったのか。

冷たい風で奪われた温もりを与えるかのように、抱き絞めて深く深く、楽人を追い詰める。

怒りもろもろ含めたそれは激しく、僅かに怯んだ楽人を逃がさす深く追い求める。

楽人の唇が真っ赤になった頃ようやく秀才は彼を解放した。


「はふ…秀才…じょーねつ的…」


「…しまった…往来で…俺は…なんてことを…」


今更羞恥心を取り戻した常識人秀才は上半身を真っ赤にさせ、それでも楽人を放さず。


「いいじゃんいいじゃん。…で、結婚、してくれんだよな?」


秀才の肩に擦り寄る楽人は「言ってよ」と甘い声。

秀才は、支えるとか不似合いとか不安とか。

すべて心のゴミ箱に捨て微笑んだ。

この両腕にあまりにも馴染んだ愛しい生き物を手放そうとした自分は、なんて青くて馬鹿で愚かだったことを認める。


「ああ、結婚しよう」


楽人の嬉しくて蕩けた表情と、ぎゅううっと抱きつかれたらもう。

何もかも、周囲の暖かな眼差しも気にならず、秀才は愛しい番を抱き絞めるに至る。

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