第3話

なのにまた、皆上くんは現れた。

死体のような冷たい皆上くん達ではない、本物の皆上くんが。

彼は目を閉ざし身を縮こませ、これこそ悪夢と眩暈を覚えた。

逃れられない現実と知って殻に閉じこもる雛のごとく。

皆上くんはそんな彼を抱き絞める。

自分より一回り大きな体躯の彼を、少し長めの両腕で抱き絞める。


「…僕を、千切りますか?」


人畜無害の温もりで、皆上くんは彼の頭を撫でた。


「…あ…う……」


彼は答えることも逃げることもせず、両手を握り締め壊れてしまえ拳と祈りながら、熱に浮かされた病人のよに狼狽。

恐ろしいほど丈夫な拳が砕けることないままに。


「僕が造った僕と同じように、僕を千切れ、ますか?」


彼は沢山沢山、数え切れないほど皆上くんを千切った。

持て余し堪えていた握力すべてを使い、狂った獣のよにして。

冷たい皆上くんたちを与えられた分すべて千切りつくした。

そして、目の前の皆上くん。

千切れるかと。

彼は甘い蜜に誘われた蝶のよに、手を、皆上くんの首筋へ伸ばした。

初めて自ら触れたその肌は熱く、血が通い。

皆上くんが微笑んだ。

風船が破裂したような衝撃が、体を駆け巡る。

彼は、絶望より絶望して、零す。


「…れない…ち、千切れない…」


こんなもの千切れない。

千切れるわけがなかった。

握力の怪物である彼の胸にかかっていた霧がたちまち晴れた。

汚してしまった。

血で汚してしまった。

あの美しい首を。

あの血の通った感触。

皆上くんの血で皆上くんを汚してしまった後悔と背徳に苛まれながら、彼はもう一度触れたいと。

そして熱い血の通った愛しい人を千切れる、訳がないと。

それよりも、欲望よりも愛しいが遙かに上回る。

千切りたくないといえば嘘だ。

けれど自分の中の怪物は、皆上くんを千切ることは無理だ。

触れたい、もっと。


「僕は君が好きです。君の為なら僕はいくらでも僕を造って君を癒します、だから…」


皆上くんは瞳を潤ませ、


「言って下さい、僕をどう、思っているのか…」


軽く唇を彼に被せた。


「…う…あ、ああ…」


彼は、怪物は、大切な宝物に触れるように、皆上くんの唇を撫でた。

また汚してしまった、けれど柔らかく暖かい。

愛しさが掌を支配し、千切りたい衝動をいとも簡単にねじ伏せる。


「す、好きだ…す、好き…あ、愛してる…お、俺は…」


どもってしまう口がもどかしい。

もっとするりと伝えられないものか。

じれったく苛々する己の口調に、皆上くんは泣きそうな嬉しそうな微笑みを浮かべ、


「千切りたいほど僕を好きになってくれて、ありがとう」


今度は甘えるように彼に抱きついた。

彼はこれこそ夢のようだと夢心地、暖かい抱擁に溺れ落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

握力の怪物 狐照 @foxteria

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ