第5話自己紹介で舌が回らない病を患ってました

「お二人とも傷の手当てをしますね。ローブを脱いでもらっても大丈夫ですか?」


 優しく声をかけるのは、最年長のディーナ。


「あ、ああ……」

「だ、大丈夫じゃ……」


 奴隷の二人は申し訳なさそうにしながら、着ているローブを脱いでいく。


 と、奴隷なんて言い方はもう止そうか。


 この二人はただのエルフと獣人の少女だ。


 そんな二人に、ディーナはテキパキとした身のこなしで治癒魔法をかけていった。


 うんうん。さすが手慣れてるね。


 ボクたちは昔から『ごっこ遊び』をしてきたわけで、当然怪我をする機会があった。ほとんどSちゃんが出しゃばって怪我をしていた感じだけどね。

 うん。ボクが見っともなくドテッと転ぶわけがないでしょ。Sちゃんと違って。


 というわけで、よくセレ……Sちゃんの治療をしてきたディーナの治癒魔法はなかなかのものだ。


 なくなった手を再生させられる、なんてことはないけど、ほら見て。二人の切り傷やら擦り傷やらが、跡を残さず綺麗に消えてるでしょ!


 二人は「わあ……っ!」と声を漏らしながら、自分の体を見回してから、お互いの体を見合っていた。


「……すごいな。逃走中に負った傷が完全になくなってるぞ」

「そうじゃの。絶対に傷跡が残ると思っておったのに……っ」


 うんうん。二人とも満足してくれたみたいだね。ディーナに感謝しな。


 と、そこで、


「「ありがとな!!」」


 二人はディーナの手をブンブンと振りながら、感謝の意を伝えるのだった。



○▲▽▲○



 あれからほんの数分、夕暮れに染まった空の下で、ボクは顎に手を当てながら考え事をしていた。

 

 こほん。


 突然だけど、


 少し考えてみて欲しい。 

 

 ――もしも、キミが本当の国を作るならどんな国を作る?


 自由。平等。安全。幸せ。


 なるほど。なるほど。


 ――じゃあ、そのために何をする?


 ……………。


 前世の記憶がある身だから感じられることだけど、『ごっこ遊び』のすごいところってこういうところだと思う。

 普段考えもしないことを考えてみるところ。


 おままごとを一つ例にとってみてもそうでしょ。


 お母さん役がいて、お父さん役がいて、兄弟役がいて……あといろいろいて。


 みんなそれぞれがその役になりきって演じる。


 これは当然ボクが今やってる『お国ごっこ』にも当てはまるわけで、国を建てることについていろいろと考えていたところ。


 でも、うん。いざ首輪をつけてる者を実際に見たらさ、改めて実感したよ……


 この世界には人権がないヒトがいることを、ね。


 ……だからもう決めた。


 もしも、ボクが本当に国を建てるなら、その国では全員が――


 と、

 深ーい思考の海に沈んでいたら、急に引っ張り出された。肩を揺らされて。ディーナに。


「レグルス君。レグルス君。次はあなたの番ですよ」

「ん、へ? 何が?」

「もう、聞いてなかったのね」


 はあ、とため息を吐くセレナ。顔をムッとさせながらボクのことを見たけど、すぐに「自己紹介をしていたのよ」と教えてくれた。


 幸いまだセレナとディーナしか自己紹介をしてないみたいで、民役お二人さんの自己紹介は聞き逃していない。


 幼馴染二人のことはすごく知ってるから、聞き逃しても全然問題ないね!


 て、思ったんだけど……

 なんか四つの青い瞳からジトッとしたものを感じた気がする。

 けどまあ、湿気のせいでしょ。もうすぐ夏だし。


 と、


 今はそ、れ、よ、り、も、


 自己紹介だね。


 えっとね、先に言っておこうと思う。


 ボクは元、自己紹介予習勢だ。


 そんなボクから言わせてもらうと、


「僕の名前は――です。一年間よろしくお願いします」


 とだけ言うのは、自己紹介じゃない。単なる名前紹介だ。うん。すごくつまらないよね。これ聞いても。


 というわけで、前世のボクはポカポカとした春を迎える度に、自己紹介の予習をしてきたわけだ。

 当たり前だけど、クラス替え前日は徹夜。夜通し研究して、まずは現実なのか仮想なのかよくわからない自己像を組み立てていた。

 次にそこから派生するようにいろいろなパターンを用意していった。クラス替え当日の気候、新クラスの空気感、席の位置、窓からの光りの照り付き具合などなど。これらによって場合分け。


 そしていざ本番を迎えた時に、その中から瞬時に一つだけを選んだのだ。


 けど、


 頭は回っても、残念ながら舌が回らずに失敗してきたのが前世のボク。


 どうやらボクって、前世では自己紹介で舌が回らない病を患ってたみたいなんだよね。


 前世のボクは確かにモブキャラに徹していたけれど、別に陰に生きるキャラではなかった。もちろん席も窓際じゃなかったし。


 だから緊張して舌が回らない、なんてことがあるはずないよ。

 

 うん。

 やっぱり開口一番に舌を噛んだあれは患っていたせいみたいだね。


 というわけで、嫌な思い出しかない自己紹介なわけだけど、今世は患ってないから大丈夫なはずだ。


 それに、セレナとディーナが側にいてくれてるおかげなのかわからないけど、前世のときのような心のざわめきがない。


 あのざわめきって何だったんだろうね……なんか体中の筋肉を硬直させてきたあれ……。


 ……っと、また思考の海に沈むところだった。

 女の子を待たせるとか罪だからね。場合によっては断頭台。危ない。危ない。

 早くやらないと。


 こほん。

 皆の衆、刮目せよ!

 元予習勢による、アドリブ混じりの自己紹介を!

 

「我の名は全知全能神、レグルス。この地を治める神にぞある――」


 まさかこのときに即興で考えた国家像が、現実のものになるとは、ボクとセレナとディーナは少しも思っていなかった。

 

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幼馴染が欲しくて、異世界転生〜彼女たちと【ごっこ】で作った国が、いつの間にか本当の国家になっていた件〜 エンジェルん@底辺作家 @suyaka

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