したいほう?されたいほう?

狐照

したいほう?されたいほう?

ある朝、それは早い朝。

玄関出たら薄曇り、しんとした最中、アスファルトの地面に何か引き摺った、乾いた赤い線が横たわっていた。

追い掛けて見ると、大きなずた袋を引き摺る金髪イケメンお兄さんがいた。

ずた袋の底から赤黒い液体が染み出ていた。

俺の視線に気付いたのだろう、お兄さんが振り向いた。


「あれ、見つかっちゃったよお、あはは」


なんていうか妖しく美しい、それでいてどこか醜い。

アンバランスな顔つきのお兄さんが、全然困ってなさそうに笑った。

離れているのに耳元で囁かれている、妙な距離感を覚え現実みが薄れてく。


「な…なに、引き摺ってるんですか」


「コレ?俺のカレシ。身長180センチ強のメガネイケメン。痛めつけてぎゅっぎゅーって、袋にぶち込んでしちゅうひきまわしのけーなの」


否応なく不安を煽る笑顔を向けられ後退る。

閉まった玄関のドアにぶつかった。


「え、あ、なんで、ですか」


「よろこぶから…ホラ、立止まるとおこるっしょー」


ずた袋が蠢いた。

確かに怒りを訴えている、ようなもぞもぞごそごそ。

大きな虫が暴れているようだった。


「…ねえきみは、したいほー、されたいほー?」


「な、に言って」


「市中引き回しするほど好きな相手いるんでしょ?」


そのまま呆然自失。

お兄さんは遠慮も恥も外聞もなく、ずうるずうる。

行ってしまった。

去ってしまった。


「よ、何してんだ?」


「え、あ…おはよう」


形のある悪夢でも見ていた気になっていた俺に、部活に忙しい幼馴染が声を掛けてきた。

憂鬱な朝に反比例する爽やかな笑顔におはよう付。

相変わらず万人受けする人間だ。

嫌になるほど嫌みがない。

眩しくて憎たらしい。

あの金髪イケメンお兄さんの、不安になる笑顔が頭を過ぎる。


「なあ、俺のこと、を…痛めつけたいか?」


口にして後悔した。

そんな、あのふたりのような関係でもないのに。


「ごめん、変なこと言った」


部活に行けば俺は寝直す、そう小さく俺は言った。

だってまだ登校するには早いんだ。

俺は部活に全然忙しくないから、寝ぼけて時間を間違えたんだ。

嘘だ。

幼馴染に会いたくていつもこんな時間に用意して遭おうとしてた、遭っていた。

そうじゃないと接点が、お隣なのに失われてた。

でも寝直す、そう決め踵を返そうとした。

手を掴まれた。

何にでも優しいと思っていた。

怖い痛い、そう感じさせるほど力強く掴まれてしまった。

痛い離せ、言えなかった。

恐ろしい、逃げ出したい。

動けなかった。

俺を見下ろすのは真剣な声色眼差しで、背筋が震え上がった。


「おまえのこと、噛み殺したいくらい、好きだ」


僅かに見えた白い歯で、己を噛みたいと口にしたのは、目の前の?


「…か…む…?」


自分を、と開いた手で差しながら確認する。

人懐っこくて爽やかだと評判高い幼馴染が、獣みたいな眼光のままコクリと頷いた。


「噛んで飲んで吸って味わって、ってゆーやつ」


「噛む…噛まれたら、痛い…よ」


「ん、だからしなかった、言わなかった」


なんで言ったのか、先ほどの自分とよく似た後悔に苛まれているようだ。

顔を逸らし、今まで見たことがない苛ついた表情を浮かべている。


「あ…甘噛みで許して」


噛まれる。

想像して震える、身体が熱くなる。

したいようにされる。

そんな妄想でふらふらしてきた。


「…いつ噛んでいいんだよ」


今、すぐ噛みたいけどな。

そう顔に書いて迫られる。

そんな自分だって、今がいい。

けれど、


「…部活」


「お前より優先事項なんてない」


真っ直ぐな欲望に。


「サボる?」


「サボる」


言うや否や、掴んだ手をそれこそ人さらいの如く引いて何処かへ足早に逆走される。

目的地は、聞いてはいけない。

でなければ木陰に連れ込まれてしまうだろう。

赤い線を踏みつける。

胸が一杯になる、早く、されたいという望みで。


お兄さん、俺はされたいほうでした。

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