昼過ぎの訪問者
事件は翌日の昼過ぎに起こった。
「ねえ、桐原ちゃんいる?」
教室の前扉から見えるのは美代センパイだった。
いきなりセンパイが教室にやってくることは稀だとはいえ、教室の女子が妙に騒がしかった。確かに人目を惹くとは思うけど、そんなに騒がなくてもと思ったりした。
流石に私自身の居心地が良くなかったから、小走りで近づく。
「センパイ、すみません。こっち来ていただいていいですか?」
そしてそのままセンパイを階段の踊り場まで連れ出した。
「あー、ああいうの苦手?」
開口一番センパイの質問が飛んでくる。
「苦手というか……そうですね」
一番の理由は、背後から向けられる視線が怖かったから。
でも、その問いを否定することも、真実を伝えることも出来ない。
女子は群れる。
それぞれが引っ付いたり離れたりして、誰が誰の悪口を言っているかもわからない。表向き仲良くしていても、裏では誰もが嫌ってたりするなんてことは日常。
だから、私はあまり目立ちたくはない。誰も否定せず、都合のいい人間でいればやり玉に挙げられることは殆どないから。
だから、センパイと話をするなら二人が良かった。
何より、二人きりで話がしたかった。
「でも、センパイが悪いとかそういうのじゃなくてですね……」
「ふふ、ありがとね」
そう笑うと、センパイは階段の手すりに身体を預ける。
「でね、なんで教室まで来たかって言うと、連絡先交換しとこ~と思ってね」
「えっ」と小さく漏れる。
正直、びっくりした。
だって、そんなこと起こるはずなかったから。
てっきり、学園祭についての連絡事項だと思ってたから。
「いやね? 放課後とかだとすれ違い起きたりするかもしれないし、学祭のこととかにしても連絡先交換してお互いのことが分かってたりする方が良いじゃん? それで一番いい時間どこかなーって考えてね」
「なるほど」
「まあ、連絡先交換するだけだし~って思ってきたんだけど。ごめんね、変に時間とっちゃって」
「あ、いえ。そこは気にしないでいただいて……。えっと、それで、連絡先交換、ですよね?」
「お、してくれる? だったらLINEが良いかな。通話も出来るし」
「わかりました」
そして、私がコードを出して、センパイがそれを読み取る形で連絡先を交換する。
「お、来た来た。これで合ってる?」
「はい、合ってます」
「オッケー。それじゃあ、1つチャットしてっと」
チャットが届く。
送り主は”346”。美代センパイだとわかる。
内容は『みしろです、こっちでもヨロシク!』という一文。
本当は文字で話す方が落ち着いてしっかり話せるから、チャットを返したい気持ちが湧いてきたが、すぐに抑える。
「はい、来ました」
「お、どれどれ?」
センパイが私のすぐ傍に並ぶ。そこからは優しい甘い泡の匂いがした。
「うん、オッケーだね」
だが、すぐにセンパイは私の正面へと戻る。
仄かな残り香がほんの少し名残惜しく、心地良い。
「さて、それじゃあ連絡先も交換したし戻ろっか。ご飯まだでしょ?」
「はい」
「ん。ごめんね、時間とっちゃって」
「いえ、わざわざありがとうございます」
「いいのいいの、私の我儘だしさ」
それじゃあ、とセンパイは去っていく。
それが少し寂しくも感じたりしたけど、それ以上にセンパイの連絡先をゲットできたことが嬉しかった。
きっとたくさんいる友達の中に混ざった後輩でしかないだろうけど、それでもこういう繋がりがあることが嬉しい。
あたたかく弾みたくなる心に引っ張られないように、表情をいつも通りにして教室へ戻った。
それから教室ではいろんな話をされた。
センパイについての噂とか、センパイとの関係とか聞かれたりした。
センパイの噂は私が見たセンパイとはズレていたから、そんなに気にならなかったし、センパイとの関係は親切にしてもらってるだけだと答えた。だって、誰にも邪魔されたくなかったから。
……それに、この気持ちが本当なのか自分で確かめる必要があると思っていたから。
私が薄い反応を示していると、周りは次第に静かになっていった。
どんなに仲良くても、話せないことや話したくないことはある。その点で言えば、空気を読んで離れてくれるのは少し申し訳なさもありつつ、とてもありがたかった。
そして、そんな昼の小さな事件も放課後になればどこへやら、何も変わらない日常がそこにはあった。生徒会室へ寄っていこうかとも思ったけど、流石に毎日入り浸る部外者にはなりたくなかったから、そのまま真っ直ぐ帰ることにした。
やがて時刻は21時。
学校の課題も終わり、のんびりと過ぎる時間の中。
私はセンパイとのLINEチャット欄を前に四苦八苦していた。
今日のことを改めてお礼を言いたい。けど──。
「(センパイの言葉で終わってるのは嫌だけど……)」
面倒くさい奴だとは思われたくない。
「(でも、ここから一歩踏み出すことは大きな前進になるかもしれない)」
もう少しセンパイとお近づきになれるかもしれない。
そんな答えの出ないモヤモヤを抱えながら、それでもスマホの画面はセンパイとのチャット欄のまま、時間は淡々と過ぎていく。
「(センパイから来てくれたり……ううん、それじゃダメ。私から行かないと)」
人と繋がる時に大切な事が何かをわかってはいる。
でも、それが人それぞれで物差しが違うからこそ怖いんだ。
「……だからって待っててもダメでしょ」
待っていても誰も振り向かない。
自分の意思を表明しないと、自分の意思の外側で物事が動くのはよく知っているはず。
なら、それならせめてこれぐらいは──。
「……よし、やるよ」
意を決して書き出した。
何度も何度も書き直して、間違って送信しないように緊張しながら、何とか形にした。
あとは送信するだけ……なんだけど……。
ここで一番の緊張がやってくる。
センパイはそんな人じゃないと落ち着けようとする心を、だが何も知らないだろうと理性が突き刺す。理性の言うことが正しいからこそ、心は揺らぐ。
「(……でも、でも!)」
そう心を奮い立たせる。
たしかに鬱陶しいと思われるかもしれない。
だけど、ここで動かなきゃそんな結果さえ手に入らないんだ。
──深呼吸を1つ。送信ボタンを押す。
たった数行の文章を作って送るだけで私はそのままベッドに倒れた。
あとはなるようになるという気持ちがやってくる。
私は行動を起こしたんだという小さな達成感と、センパイの反応がどこか楽しみな自分がいる。
「(行動しなきゃ、変わらないよね)」
きっと、センパイなら──。
そこで自分がセンパイならどうするかを考えていたことに気づいた。
ほんの少し気恥ずかしいけど、あたたかいものが溢れてくる。
そして、そこへセンパイからの返事がやってくる。
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346(みしろセンパイ)
『こっちこそ連絡先交換してくれてありがとう。
わかんないこととかあったりしたら聞いてくれると嬉しいな。
もちろん、ただの話し相手でもどんとこい!だからね~』
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自然と頬が緩む。
行動してよかったという気持ちと、センパイからの返事がもらえたという喜び。
きっと、今の私は最高に気持ち悪い顔をしているに違いない。
でも、そんなことどうでもいいくらい、幸せだった。
そして、この気持ちを何とかして伝えたいと思った。
先程とは打って変わって、指先がスルスルと文章を象っていく。
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MEG
『はい!ありがとうございます!
たくさんお話させていただけたらなって思います。
今後ともよろしくお願いします!』
(土下座のスタンプ)
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たかが定型文かもしれない。
でも、言葉にして伝えることでまたあたたかなものが広がっていく。
たったこれだけの会話だとしても、私にとってはそれだけで十分だった。
この小さな一歩が、どれほどの意味を持つのかをわかっているべきなのは私だけだから。
ああ、やっぱり。
この気持ちは──。
あなたと私、花火、残り火 星野 驟雨 @Tetsu
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