あなたと私、花火、残り火
星野 驟雨
恋は下心
初めて好きになった人は、女の人だった。
その人は、私の1つ上。3年生のセンパイ。
女の子らしさはないけど、美人で、何より優しかった。
きっと、あの胸の高鳴りを恋っていうんだと思う。
その人との出会いは、10月、学園祭。
クラス委員に半ば押し付けられるようにして選ばれてから、いろんな仕事をこなして、一大行事の学園祭になった。今までとは比べ物にならないぐらいに仕事が増えていって、体育祭ではなかった生徒会のセンパイ達との連携もする必要があった。
恥ずかしい話だけど、生徒会ってあんまりオープンじゃないから怖いものだと思ってた。生徒会室の前をバレないように行ったり来たりして、ドキドキしながら入るなんて日常だった。だって、生徒会室って独特の空気があったから。
──そう、あの日もそうだった。
私はちゃんと受け答えできるかなとか変なこと考えて、生徒会室の扉の前に突っ立ってた。ただ企画書を提出するだけなのにね。
早くしなきゃ、変な目で見られないうちに、とか考えてた。
どれくらいそこにいたとか覚えてないけど、多分かなりの時間そこにいたんだと思う。
後ろから声を掛けられた。
「どうしたの?生徒会に何か用?」
その人は、黒髪のウルフカットで鋭く意思のある目をしてた。
すっきりとした鼻筋に薄い唇。一見すると、サバサバしてて怖そうな人。
制服のスカートはかなり捲ってたし、ジャケット下のシャツだって出してた。
制服は女の子のものだったけど、男装の麗人って言葉が似合いそうな人。
正直、ちょっと怖かったから真っ直ぐ見れなかったけど、かっこいいなとは思った。
……もちろん、生徒会役員だとは思えなかったけど。
「ああ、ごめん。いきなりこんな風に話しかけたらびっくりするよね」
どぎまぎしてる私をみてか、その人は優しく笑ってそう言った。
「あ、いえ!そんな……すみません」
心臓が飛び出そうだった。センパイに迷惑かけて、変な奴って思われるんじゃないかって。でも、そんな心配いらなかった。
「謝ることじゃないでしょ。むしろ謝るのはこっちの方、ごめんね」
その人は、わざわざ私の目線に合わせてくれて、真っ直ぐこっちをみて話をしてくれるからちょっとだけ緊張が解れた。
「──で、生徒会に用があったんでしょ?」
「あ、はい。その、企画書のことで」
「ああ、なるほどね。オッケーオッケー、私が代わりに出しといてあげる」
そう言って手を出したところで、何かを思いついたのか。
「あ、でもせっかくだし一緒に入ってみる?」
最初は何故かわからずに生返事をしていたと思う。
でも、その後のセンパイの話を聞いて、嬉しかった。
「いやさ、生徒会ってどっか堅い雰囲気あるでしょ? だから君がまた生徒会に用があったときに入りやすいように~と思ってさ。知ってる先輩がいるとちょっとは入りやすいじゃん?」
その時のセンパイの表情は、どこまでも優しかった。
こんなカッコいい人が、こんな優しい顔するんだって。
ぽーっと見てたら、そのままセンパイは扉を開いて行ってしまった。
「おいーっす。集まりどんなもん?」
生徒会長にそんなふうに話しかけてから、私が動けずにいたのをみて手招きしてくれた。センパイに気を遣わせちゃったと思って小走りで近づいて謝ったけど、センパイはそんなことを気にも留めてないみたいだった。
「そんなに気を遣わなくていいよ。それより企画書見せて」
言われるがままに差し出した企画書は、いわゆる慣例みたいなもので。
「お、やっぱり今年もお化け屋敷やるんだ。3組はずっとだもんね」
「別の企画にしよっかって話もあったんですけど、結局」
「でしょ? 私達もそうだったもん」
私も去年お化け屋敷やったんだよ、とセンパイは微笑む。
「え、そうだったんですか?」
「うん。ま、結局学校で一番の評価を受けたわけだけどね」
「……あー、覚えてます。たしか真っ暗な中でセンパイ達が実際にお化け役もやってた奴ですよね。しかもその時に隣のクラスもお化け屋敷だから対決みたいになってた」
「そう、それ」
「結構話題になってて気になってたんですけど行けなかったんですよね」
「仕事押し付けられた系だ?」
「……はい。まあ、それが今じゃクラス委員にまで」
「まー、出来る奴に仕事は押し付けられるからなあ。私もそうだったし」
「そうなんですか?」
「うん。経路設計からギミック作成まで全部関わったし、学祭中の補修もやったからね。んで、そこのが私と一緒にひいこらやってた奴」
そして生徒会長を指さした。
「……ま、楽しかったろ」
「まあね」
生徒会長の言葉に穏やかに返すセンパイは、この場所の居心地が良いみたいだった。
「まあ、だからっていうのも変な話だけど、楽しみにしてるよ」
なんだか、それがとても眩しくて。
ほんの少し照れてしまって。
『ありがとうございます』を真っ直ぐ目を見て言えなかった。
でも、センパイは気にすることなんてなくて。
「──あ、そうだ」
「ステイ」
「あぁ?」
「碌な事考えてないだろ」
「んなこと言わねえとわかんねえだろ?」
生徒会長と楽しそうに喋ってて。
それが、どうしてか、良いなと思って。
「──でさ」
無邪気な顔してこっちを見てくるから、ちょっとドキッとして。
「名前、教えてよ」
たったそれだけのことが、繋がりに思えて嬉しくて。
「……桐原、桐原芽実、です」
「桐原ちゃんか。私は舟木美代。美に代と書いて、みしろ」
「美代センパイ……」
凄く綺麗な響き。思わず呼びたくなる響き。
「読み知らないと”みよ”って読まれるんだけど、”みしろ”ね」
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
そうやって笑う表情は今までのどの表情とも違っていて。
きっと、たくさんの表情があるんだろうなって思ったりして。
もうちょっとセンパイのことが知りたいと思った。
──でも。
「……さて、自己紹介が終わったところで申し訳ないんだけど、これからちょこっと仕事あるからさ」
「あ、そうですよね!すみませんお邪魔して」
「ごめんね、気遣わせちゃって。またおいで」
ハッキリと”はい”とは言えなかった。
だから、首肯して。
「それじゃあ、失礼しました。有難う御座いました」
お辞儀をして生徒会室を出た。
……それからのことは、よく覚えてない。
ただ、ずっとセンパイのことが気になってた。
あの人についていきたい、あの人を喜ばせたい。
そしてあの時間がずっと続けばいいのにとも思った。
きっと、それが恋の始まりだったんだと思う。
上手く言葉には出来ない。
でも、この胸の高鳴りは、甘くて苦しいそんな気持ちは、きっとそうだ。
初めて誰かを好きになったかもしれない。
そんなふうに、少しずつ世界が色づいていくのを感じた。
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