茨の壁
狐照
茨の壁
俺はいつ死んでも構わないから、だから。
と、邪悪なものは行った。
いつ死んでも構わないなら、なんでアンタは傷付けたり奪ったり騙したり…殺したの?
答えることに意味はあるのか?
それが知りたくて俺、ここまで来たんだけど。
…殺さないのか?
んー、殺す、よ。
剣が白く輝いた。
万物を支配する神のようなそれ。
聖なるものと崇め奉れあらゆるものを切り裂く、それが邪悪なものには奇異に見えた。
それを手にする男の言葉は軽くて重い。
表情は明るく鋭い。
矛盾だらけでどれが嘘なのか。
それとも嘘などないのか。
邪悪なものにはずっと、この男が理解出来なかった。
理解したかった。
分かり会いたかった。
でも、それも無理なこと。
さ、そろそろ追いかけっこは止めて、答えてよ。
脅迫のような優しい催促。
なのに剣は聖女で容赦ない。
鞘に施された茨模様が、じわり地面に広がった。
人と邪悪なもの。
魔の獣とそれを排除する生き物。
その、始まりの境界で、統率するものと勇者もどきが最後の相対する。
…守りたいからだ。
ほほ。
鼻で笑う残酷さ。
ざわりと伸び始める茨。
…お前達は違うのか?
なにがさ。
守るための殺し、だったのだろ?
ほほ。
頭が縦に揺れる。
視線を外される。
同胞を殺された。
だから殺した。
それでも殺された。
その連鎖。
茨は成長を早め、邪悪なものの小指を掴んだ。
殺されるのだと思った。
そして邪悪なものは目を瞑る。
分かり会いたかった。
自分の中で特別な感情が芽吹いていた。
男に対して、どうしようもない感情が。
それも今はもう、何もかも無意味。
騙し奪い傷付け殺した。
守るために。
悔いはない。
ただ。
や、さ。
軽い羽のような言葉。
視界を閉ざした邪悪なものには、妙に近くで聞こえた。
目を開けてよ。
震えない震えない。
怖くないよ?
確かにアンタのゆーとーり。
守るために殺す。
ん、殺すね。
とはいえこちらとしても、殺さないわけにはゆかないのだよ。
殺されて、しまったから。
でもさ、今ここでアンタを殺しても。
また殺されるだけっしょ?
そんな呪怨の先に何があんの?
許しじゃない慈悲でもない。
ほら、目ぇ開けてよ。
意味、分かるでしょ?
邪悪なものはおそるおそる目を開けた。
鞘から伸びた茨が巨大な壁を作っていた。
それでも生きてゆかなきゃなんないならさ。
最初から出逢わないようにすれば、いい。
でしょ?
男は颯爽と茨をくぐり抜ける、ざわざわと茨が二人を分断していく男の顔が茨で見えなくなっていく。
俺たちの世界、アンタ達の世界。
相容れないなら鞘を茨にそして壁にって思ったの。
男は剣をその場で捨て、大声で呼びかける。
でもっ俺とはたまに会ってよねー!
俺アンタ、大好きなんだよー!
巨大な茨の壁の向こう、開けることができるのは男だけ。
邪悪なものは必死で茨に縋り付き、
もちろんだともっ
届けと願い叫んだ。
しばらくして、またねー!と陽気な返事が聞こえ。
邪悪なものは、またな、と茨を代わりに愛でる。
相容れない生き物が長らく争いその果てに、互い不干渉を選んだ。
いつかわかり合えると信じて。
茨の壁 狐照 @foxteria
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