君の瞳の虹彩を忘れてしまう前に

狐照

君の瞳の虹彩を忘れてしまう前に

寝て起きて、最近おはようもおやすみを言ってない事に気が付いた。

唐突に、気が付いて、これは何か危機なのではと、思った。

そう思ったら足元がぐにゃんぐにゃんに揺れた。

最悪な展開に発展しかねないって考え出したら、居ても立っても居られなくなって。

俺は急いで家を出た。

仕事は後回し。

身支度も適当。

この身一つあればそれでいいからと、走った。


ちょっと走ったとこに目的地は存在している。

普通の感覚では避けて通る場所。

でも俺は良く知っているのでエントランスへ駆け込んだ。

警備兵と受付嬢は居たが、どう考えても不審者な俺を咎めるような事はしなかった。

一応顔パスなので止められる心配はしていなかったが。


「あの、今日、居ます、よね?」


俺を笑顔で見送ってくれた警備兵と受付嬢が仲良く同時に、


「最上階にて通常業務中ですよ。どうぞそのままお上がりください」


仕事してる上司の元へ勝手に行って良しって言うのはどうなんだろうかと思ったが、お言葉に甘える事とした。


「あざます!」


親しき中にも礼儀ありなのでお辞儀をしてから、俺はエレベーターへ乗った。

最上階のボタンを押して、カードキーをタッチパネルへかざす。

そうすれば直通で、最上階へ昇る事が出来るのだ。

逸る気持ちを深呼吸で整える。

なんだかんだでちゃんと会うの久しぶりな気がしてきた。

いや、本当に久しぶりに会う、かも。

これは駄目な流れ、なのでは?

一気に心臓が妙な鼓動と叩き出し始める。


トンと、エレベーターから降りてその姿を探す焦燥感は、ドラゴンを狩るより冷静さを欠かせてくる。


居なくないか?

何処?

椅子に座ってない。

立ってない。

何処?


でっかい声で名を呼ぼうとした時、応接用のソファにそれは居た。


「…寝てん、の、か?」


横になってるだけかと思ったが、起きてたら侵入者には反応するような生き物なので、うん寝てる。

そっと覗き込んだ顔、目の下のクマが酷い。

なんか、やつれてる?

不健康な美男児が、本当に調子悪そうで。

よしよし頭を撫でてしまう。

元気になれと言わないさ。

回復快癒切に願う。

そういうスキル持ちなので、効いてくれると信じてあちこち優しく撫で続けた。


「…きっと、ゆめ…だから…はぐ、する」


赤にオレンジの虹彩輝く瞳が、ゆっくり開いた目蓋から現れた。

眠たそうな声色が、めっちゃ可愛く感じられた。

恐怖の象徴だけど、エグい角生やしてっけど、かっわいい…。


「ん?起こしっ…てないか、寝ぼけてんのか」


起こしてごめんごと抱き締められ、久しぶりの胸筋枕に焦燥感が走って逃げてく。

俺を胸の上へ抱き込み、すぅすぅ。

魔王が寝ている。

闇の魔王が安眠してる。

ひとまず起きるまで俺も寝ておこう。


「…夢じゃなかった」


「…んン…おきたかー…」


身じろがれ目を覚ます。

今度こそ、赤い目玉にオレンジの虹彩、それが俺をしっかり見つめてくれた。

普通はこの瞳を悍ましいと震えあがる、そうだ。

絶対的強者の輝きを放つ、赤の目玉に怯えるそうだ。

瞬きする度に、視線が動く度に、オレンジの虹彩に多色な粒子が飛ぶ。

一度だって同じじゃない。

それが美しいと、俺は感じるのだ。

はじめてあった時から、今もずっと、闇にぽかり浮かぶこの瞳が、俺は大好きだ。


ちなみに瞳孔は無い。


「…何しているんだ?」


「最近、ちゃんと目を見て話してないなと思って走って来た」


俺を抱き締める手に力籠る。


「迷惑だったか?」


「…仕事が、溜まってたんだ」


「うん」


「早く終わらせたかったんだ」


「うん」


「…不安に、させた、ごめん」


闇の魔王はこの世の半分を支配している存在だ。

決して悪ではない。

けれど時々勘違いした輩に攻撃される。

だから闇の魔王は支配しているこの世の半分を守る為に、戦っている。


「危機、感じちゃった」


「ごめんっごめんっ」


ぎゅうっと抱き締められる。

心地良い力強さに涙が滲んだ。


「俺、もう少しここ来る」


「うん」


「そんで、お前の為にもっと、戦うよ」


「それは…」


駄目だなんて言わせない。


「そしたら家でイチャイチャする時間増やせるじゃん」


「そう、だけど…君は…君の剣は…」


「守りたいものを守ってる。その俺に従っているのなら、それは何も間違いじゃないさ」


そうだろ?って初対面の時口説き落としたのを思い出す。

オレンジの虹彩に一杯、光の粒子が漂った。

ああ、綺麗だ。


「…怪我、しないでね?」


「俺をなんだと思ってんだよ」


闇の魔王が俺をさらに抱き締める。

それだけでどう思ってるのか分かったし伝わった。

だけど目を見て「大事な恋人」と低く丁寧に伝えてくれたので、危機は去った。

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