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「師匠ー! ただいま戻りました!」

「おかえり。随分と遅かったね」

「まあ、ちょっと‥。あ、これ頼まれていた物です!!」


 そう言って鞄を師匠に渡す。師匠は「お昼ご飯出来たから中に入って」私の腰を引き寄せる。

 私の肩に触れた時、師匠は怪訝そうな顔を見せた。


「なんか、君から変な匂いがする」

「へっ?!」


 「何するんですか!」と口が出てしまう前に、師匠が私の方へ顔を近づける。何やら匂いを嗅いでるようで肩辺りに顔を埋めてきた。思わず体が硬直してしまい、抵抗するにも出来なかった。


「そ、そんなに匂いますかね‥?」

「臭い」

「ドストレートに言いますか?! 少しはオブラートに包んでくだ‥」

「違う。君、一体どこ歩いてきたの?」

「‥師匠?」


 何が何だか分からなくて、かと言って師匠は怒ってるわけでもなく、ただ私を責めるような顔をしていた。

 師匠の端正な顔がドアップで映る。黒く光るその瞳に私はドキリと胸が鳴った。その瞬間、師匠は私の顔に手を添えた。


「君から"呪い"の匂いがするよ」

「の、呪い?!?!」


 師匠からあり得ない言葉が出てきて叫ぶ。「五月蝿い」と耳を塞がれるも、それを気にせずにはいられなかった。


「そう言えば、黒髪の女性とお話しましたね‥‥」

「黒髪?」

「はい。髪の長い女性です。服装も黒ずくめのワンピースを着ていて、あと目は紫で綺麗でしたね」

「そう」

「あ、そう言えばお話した時、何か黒い靄みたいなのが見えて‥」

「黒い‥‥靄」


 頭の中で女性の特徴を思い出し、慎重に言葉を選んだ。がしかし、次第に師匠の表情が険しくなった。


「‥黒魔法使いめ」

「黒‥魔法使い?」

「主に呪いを取り扱う魔法使いのことさ。呪術師と似ているが、黒魔法使いは呪いに魔法がかかっているから強力かつ危ない。彼らに頼ってみろ、直ぐに滅びて死ぬぞ」

「でも、あの人師匠のこと知ってましたよ? それに悪い人ではなさそうですし‥」


 師匠の顔が強張り、私は言葉を失った。


「君は他人を信用しすぎなんだ。いつ酷い目に遭うか分からないんだよ!! 分かる?! そうだよね。君はいつも色んな人にいい顔してさ、相手に裏切られることも利用されることも知らないで!!」

「?! 師匠‥?」


 あまりの出来事で脳の処理が追いつかない。声をかけようとするも上手く言葉がでない。気がつくと私は手首を掴まれていた。


「君みたいに心が真っ白で汚れを知らない純粋な人程堕ちやすい。転んだらそのままズブズブ泥の中に沈んで染まるんだ。それを知っているから、みんな君のような人を狙い、騙して、墜としにくる」


 師匠は私の手首を思い切り握った。

 ミシミシ。

 骨の絞まる音が微かに聞こえる。

 複数に束ねられた血管も押し潰されるような痛みも感じた。


「ほら、こんな細い腕だって簡単に折れるんだよ?」

「い、痛い痛い痛い‥!! 手首離してください‥!」

「‥‥」

「師匠ぉぉぉ!」


 師匠の目を見ると光がなかった。


「師匠!! 痛いです、やめてください!」

「あ‥」


 師匠の手の力が緩まった瞬間、私は師匠の手を払い後ろに引っ込めた。


「一体どうしちゃったんですか?! 気をしっかりしてくださいよ、いつもの師匠らしくないです!」

「‥‥」


 掴まれた手首がじんわりと痛む。今までずっと師匠に揶揄われ続けてきたが、こんな風に言葉責めされて怒鳴られたことはなかった。

 師匠の声ひとつひとつが心臓に突き刺さるように酷く動揺してしまう。


「師匠は少し素直じゃない所もありますし、分からない所もあります。でも、そこには不器用な優しさがあってそれが私にとって暖かかった」


 目をギュッと瞑り、声を思いっきり振り絞った。


「でも、今の師匠は‥‥怖い」

「!!」 


 恐る恐る顔を上げると師匠は目を見開いていた。黒目が小さく、白目が大きく目立つ。口をパクパクさせていたが、遮るように私は言い放った。


「師匠は‥‥黒魔法使いじゃないですよね‥?」

「!」

「そうですよね?! 師匠、師匠はいい人です。いい魔法使いです!! 私のことだって助けてくれて‥‥優しくしてくれて、怒ると怖いけど、他人思いで、心配性で‥‥師匠の良いところは私一杯知ってます!! だから‥」


 視界がぼやける。師匠の顔が滲むように見えづらくなった。その中でも声を振り絞った。


「師匠は悪い人じゃ、ないですよね‥?」


 静寂の音が鳴り響いた。



「そう思ってるのは君だけだよ」

「え‥?」


 何秒だったんだろう。

 涙が引く頃にはもういつもの意地悪そうな顔をした師匠がいた。


「ほら、ボーッとしてないで。そこ邪魔だから」


 そう言った師匠の顔は酷い歪みを含んでいた。まるで、悲しみに溺れているように苦しげな表情を見せて。


「師匠‥」


 師匠にとって私は一体、どんな存在なんだろう。



 ただ、私は師匠が出て行った扉を、ガラスに映る暗くぼやけたその先を見つめることしか出来なかった。

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イジワル魔法使いとスナオ見習い @mimume

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