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ある日のことだ。
「えーっと、『砂時計』は買ったからあとは‥‥あ、『アメジスト蝶の羽』見つけた!」
私は師匠のおつかいで街に足を運んでいた。大きめの鞄を肩に掛け、師匠が書いたおつかいメモを片手にあちこち探し回っている。
今は、雑貨屋さん寄っている。
煌びやかに光るパワーストーンや、邪気を払う鏡。この店はそう言った神秘的な品物が揃っている。
先程見つけた『アメジスト蝶の羽』もその内の一つだ。何でも、師匠が実験に使うらしい。
支払いも済ませ、店を出る。小さなポケット袋に入ったそれを見つめて私は呟いた。不透明色なので中身は見えないが、太陽に照らすと蝶の羽のシルエットが見える。
「実験か‥」
どんな実験なんだろう?
も、もしかして何か恐ろしい魔物でも召喚しちゃったらして‥?!
それともイ、イケナイ、大人の薬を調合してるのかも‥?
いやいや、師匠に限ってそんなことない筈‥‥いや大アリだわ!!
「師匠は時々、不適な笑みを浮かべるからな」
以前、実験室に入るなと言われた事がある。しかし、「ダメ」と言われたことはやりたくなるのが人間の本質なためそれに逆らうことなど出来る筈がなかった。
こっそりドアの隙間から覗き中を探ると、師匠が微かな笑い声を上げて色の液体が入った枝付きフラスコをうっとり眺めていたのは今でも忘れられない。
あの目は確かにイッていたのだ。
◇
「そこの可愛いお嬢さん」
「ん?」
「少しの間だけ私と、お茶しないかしら?」
街中を歩いている途中、アルト音の声が聞こえた。振り返ってみるとそこはオープンテラスがあるカフェだ。
外で席に座る黒髪を腰まで伸ばした綺麗な女性が私を見ていた。真紅の口紅が目立ち、鮮やかな紫がかった瞳に思わず見惚れてしまいそうになった。
「私のことですか?」
「えぇ、可愛い笑顔がお似合いのあなたよ」
「可愛いだなんてそんなぁ〜! そう言っても何も出ませんから〜」
「あなた、噂の見習いの子でしょう?」
「噂の?」
「"天才魔法使い"って言えば分かるかしら?」
「あ、師匠のことですね!」
やっぱり師匠は有名人なんだなー。
さっきは師匠の目がイッてるとほざいてしまいごめんなさい。
でも、反省はしません。事実なので!
「座ってちょうだい」と向かい側の席を指定され、ゆっくりと腰掛ける。女性は私に「何か飲むかしら?」とメニュー表を差し出した。私が拒否するも、
「私がしたいの。代わりに、私の他愛のないお話に付き合ってくれる?」
と言われ渋々承諾し、アイスココアを頼んだ。
「もしかして師匠のお知り合いですか?」
「そうね。知り合いと言えば知り合いだし、知り合いじゃないと言えば知り合いじゃないわ」
「?? な、なんか難しい事言ってるような気がしますがまぁいいか‥」
それから私はここ最近あったこと、特に師匠絡みのことを女性に話した。
師匠の実験のお手伝いをしたこと。魔法の特訓をしたこと。悪戯して師匠に怒られたこと、師匠に揶揄われて怒ったこと。
女性はコクコク頷いたり、微かな笑みを浮かべていた。彼女の長い睫毛のついた瞼が閉じるのを私はじっと見つめていた。
「お師匠さんのことが大好きなのね」
「はい! 意地悪な所がいっぱいですけれど師匠が大好きです!」
女性の言葉に私は元気よく頷いた。
「それで困ったことはないかしら?」
「困ったこと‥?」
「例えば、お師匠様の本音が見えない‥とか」
一瞬だけ、女性に飾られた紫の瞳がギラリと光った。背筋がピンと伸びた。向かい側に座る女性は上品に笑い首を傾げた。
「師弟関係にあたって打ち解け合うのは当たり前の事でしょう? でも言えないことだってあるわよね。特にあなたは女の子だもの。男性であるあの人に言えない悩みとかもあるんじゃないかしら」
あの人、師匠のことだろう。
「確かに、師匠は少し分かりにくい所が多いですね‥。何を言ってるか分からないときもありますし。あとは‥」
「あとは?」
「師匠ってたまに、考え事するんですよね。私が声をかけても返事しませんし、思い悩むくらいなら相談してくれてもいいのに‥」
「もし、お師匠様の本音を知る事ができたら‥‥」
「え?」
「私が叶えてあげるわ」
突然、女性を取り巻くように黒い煙が放たれた。鼻をつまみたくなるような煙臭いがする訳でもない。だが、それに纏まり付かれたら良い気分がしないだろう。
それは段々こちらに近づいてき、私の腕に巻きつこうとしていた。
それを否定するように私は「大丈夫です」と手を振った。
「やっぱり心を覗くだなんて人としてやってはいけないことですし、何より誰にも知られたくない秘密だって皆ありますよ。それを無理矢理知るだなんてこと、もしかしたら師匠を傷つけてしまうことなら、私はしたくありません」
師匠の傷ついた顔なんて見たくない。
もし、師匠が隠してる事があるとするならいつかきっと話してくれる筈。
だから、無理矢理心の中を覗くだなんてことする必要はない。
「私は師匠を信じてます! たとえ師匠が捻くれていようと意地悪だろうと、師匠は師匠です! どんな師匠でも受け入れます!」
「たとえ、彼が天才じゃなくてもかしら?」
「もっちろん、私はどんな師匠でも大好きです!」
「そう」
彼女がそう言った瞬間に黒い靄も引っ込みいつも通りの女性に戻っていた。
「ま、あなたがそう言うならそうなのでしょうね」
「はい! あ、師匠に心配されちゃいますし私はそろそろ行きますね! ココアありがとうございました」
「ええ、私も楽しかったわ。また、お話ししましょう」
席を立ち、私は女性にペコリとお辞儀をした。早く家に帰らなくては、師匠にいつもの小言を言われるだろう。
しかし、それがなきゃ師匠らしくないと思ってしまう私がいたのだ。ガヤガヤと騒ぐ街中に早歩きで溶け込んだ。
◇
「その気持ちがずっと続くと良いわね」
私の走る後ろ姿を見て誰かがそう呟いてたなんて知る由もなかった。
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