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「んー! 今日はお天気日和ですねー!」


 お日様の暖かい光を浴びながら私は外に設置されたガーデンチェアに腰掛ける。日向ぼっこするのには丁度良い日だ。

 日の光を浴びると体内時計が正常になると聞いた事がある。

 今、ここに居ない師匠に教えてやりたいくらいだ。


「師匠ったら、ずーっと部屋に篭って‥‥勿体ないー!」


 師匠は所謂インドアって奴だ。家から出ることはあまりなく、いつも自室に閉じ篭っては魔術や錬金術などの様々な実験に取り組んでいる。


 この前私に魔力は体力と同じみたいなことを言ってたけれど、全くと言っていい程師匠の魔力と体力の量は等しくない。



 師匠は運動が苦手だし、おまけに体の柔軟性もない。体も細いと言うか、ガリガリで脆い。


 体も固いかつ、筋肉もないだなんて。貧弱という言葉の他に何が当てはまるのだろう。

 

 多分私とかけっこしても絶対勝つ自信がある。

 いや、それは言い過ぎか?

 とまぁ、師匠が運動音痴なのは今に始まったことではないから気にしないでおこう。


 そう思ったが、一度思考を停止してみる。


「‥‥やっぱり気にする!」


 今からでも師匠を引っ張りだす?

 無理矢理連れ出して、「私と遊べ!」と駄々を捏ねれば渋々頷いてくれるかも。


 ‥‥弱みを握られてしまうが。


 苦虫を噛んだような感情に浸っていると後ろから声が聞こえた。振り返るといつぞやの郵便配達員のお兄さんだった。


「郵便配達でーす」

「あっ、郵便局のお兄さん」


 私が声をかけるとお兄さんは、赤いポスト色の帽子を外してお辞儀をした。 

「これ、お師匠様に渡してね」そう言って封筒を一枚渡される。


「ん? これは師匠宛てですね。『魔法科学研究会』‥‥?」

「王都にある組織のことだよ。君のお師匠様はとても優秀だからね。王都そこでも有名なんだ。彼の実力は貴族の方々もよく評価してるよ」


 へぇ、やっぱり師匠って凄いんだな。


「一応だけれど、俺君のお師匠様と同い年で、同級生だったんだ」

「えっ?! 師匠の知り合いなんですか!!」

「んーまぁ、そんな所‥‥かな。特別仲が良かった訳ではないけど、話したことはあるよ」


 その言葉に私の目は更に光る。


「昔の師匠って一体どんな感じだったんですか?! やっぱり魔法が凄かったとか、強いとか!!」

「あはは、確かに君のお師匠様は学生時代の時からとても優秀で周りから一目置かれていたんだよ」


 ほー! やっぱりか。

 何となく予想していた答えが出て私は相槌を打つ。

 あと、あれも聞かなくちゃ!


「師匠って昔から、あんな捻くれた性格だったんですか‥?」

「そ、それはどうだっただろう‥‥」


 郵便屋のお兄さんは軽く笑って、その質問は上手くかわされた。

 くそぅ。師匠の意地悪な性格は元からなのか、突然変異なのか知りたかったのに‥。


「お嬢ちゃんはお師匠様の事が大好きだね」

「はい! 師匠は私の命の恩人なんです。身寄りがなくなった私のことを保護してくれて。かれこれ五年経ちますけど、師匠と過ごす日はとっても楽しいです。‥‥怒ると怖いですけれどね」

「それは良かったね」

「でも、師匠は勤勉な性格なのか、いっつも部屋に篭って分厚い本を読んでばかりで‥」

「クク‥そっか」

「? どうして笑うんですか?」

「いやー、変わらないなーって。君のお師匠様は。今も昔も。だけど、雰囲気は少し変わったかな。柔らかい雰囲気になったと思うよ」


 郵便屋のお兄さんはチラリと後ろの方を見る。私も少しだけ顔を後ろに向けると、丁度師匠が使っている例の実験室の窓があった。透けた白いカーテンから人影が映る。


 ‥‥師匠だ。


 かれこれ数時間も篭って、一体何の実験をしてるんだろう。


 そう疑問に思ってる時だった。


「昔のあの人は近寄りがたいオーラがあったんだ。目つきも悪いし、無愛想でさ。みんな彼を褒め称えるのに誰も寄ってこようとしなかった」


 郵便屋のお兄さんの目は何処か悲し気だった。そして直ぐに私に視線を向ける。


「ねぇ、お嬢ちゃん」

「何ですか?」

「君はさっき、お師匠様が助けてくれたからって言ってたけれど、から彼の事が好きなの?」

「そう言うわけではないですよ。確かに助けてくれた事には感謝してますが、怒ってくれる事も心配してくれる事も全部私の為なんだなーって考えるとだけでは懐きませんよ」

「それは‥?」

「いいえー! 師匠だからです!」


 郵便屋のお兄さんのいくつもの質問に一瞬首を傾げそうになるも自信満々に私は答える。


 どうしてそんなことを聞くのだろう。

 

「お師匠様のこと、ひとりにしちゃダメだよ」

「え?」


 私が聞き返すと、お兄さんは数秒置いて口を開いた。


「だって、あの人は‥‥」




「ボクのいない所で、ボクの話?」

「ゲッ師匠‥‥」


 後ろから聞き慣れた声がすると思えば、先程まで部屋にいた引き篭もり師匠だった。服装は白衣姿ではなく、いつもの白シャツにシワひとつない黒のスラックス。


 師匠って起床するのは遅いけど、準備は早いよねー。


 なんて思っていると、師匠の鋭い目は郵便屋のお兄さんに向けられた。


「何を吹き込んだかは後で白状してもらうとして、あまりこの子にちょっかいかけないでくれるかな」

「師匠、お兄さんは良い人ですよ! 師匠のあんな事やこんな事を赤裸々に語ってくれましたから!」

「赤裸々には語ってないよ?!」

「へぇ‥? そう」


 師匠は何かを考え込んだあと、人を殺めてしまいそうな程の真っ黒い笑みを浮かべていた。


 や、やばっ!!

 火に油を注いじゃった!!


 私は火を、もとい師匠のお怒りを消しに止めに入った。


「じゃあね。お嬢ちゃん」

「はい! お仕事頑張ってくださいねー!」


 郵便屋のお兄さんに手を振り、彼の姿が見えなくなるまで見送った。隣に居る師匠は、未だに不機嫌な様子。


 そんなに話されるのが嫌なのか。


 自分でも驚きだ。


「折角、師匠の昔話を聞けると思ったのにな」


 師匠にあんな事やこんな事と誇張して言ったが実際、はぐらかされたような返事が返ってくるばかり。


「きっと君にとって退屈な話になるさ」


 師匠は静かに言った。


「そもそも何でボクの過去の話を知りたがるの?」

「だって私、師匠のこといっぱい知りたいんですもん」

「!」


 師匠は目を見開いた。口をふるふる震わせながら何か言おうとしていた。が、しかし途端にいつもの表情に戻る。


「‥‥変な子」

「えー? なんて言いましたー?」 

「別に何でもないよ。ほら、次は火魔法を練習するから準備して」

「水の次は火ですか。もしかして、水に喧嘩売ってるんですか?」

「君があまりにも出来ないから水とは対になる火なら少しはマシだろうと思っただけ」


 師匠はぶっきらぼうに言い放ち、私から顔を背ける。じーっと見つめているとその視線に気付いたのか「何見てるの」とキツく睨まれた。

 でも全然嫌な気分にはならなかった。


 私、知ってますよー。師匠が私のことを気にかけてくれてるの。

 この前私が「魔力が少ないんだー」と嘆いた時、嫌そうな顔してた癖に、夜な夜な実験室で私が練習しやすくする為に絡繰を作ってましたもんね。

 それで寝坊した理由を「研究会での応用実験をやってた」とか言っちゃって。


 師匠のそういうところ、大好きです。


「よーし! 頑張っちゃいますから!」

「やらかしたら磔の刑か、ボクの実験台になってもらうからね」

「師匠物騒にも程がありますよ」


 前言撤回!! 

 やっぱり師匠は意地悪だ!!




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