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 ある日のことだ。私は、急いで師匠が居る実験室へ向かう。木製の扉を勢いよく開けると案の定、そこに彼はいた。本棚に囲まれて分厚い書物、恐らく魔導書を読んでる師匠に私は突進した。


「師匠ぉぉ!!」

「うわビックリした。どうしたの、そんなに涙目になって。いつもヘンテコな顔がもっと酷い事になってるよ」

「そんなことないですよ!」


 涙を流しながら大声を上げる私に師匠は眉を顰めた。


 ヘンテコな顔ってなんですか!!

 私の顔が不細工だって言いたいんですか!

 可愛い可愛い弟子になんてことを!!


「って違うんです! これを見てください!!」


 そんなことはどうでも良い。ヘンテコな顔と言ったことに対しては後に問い詰めようと考えるも、今はそれどころではない。両手に抱え込むそれを師匠の前に見せた。


「それは本?」


 師匠はそれ、程よい厚さの文庫本を手に取り不思議そうに見つめる。本の表紙には、フリフリがついたロリータ系のようなワンピースを着た可愛い少女が派手な杖を持ってポーズを決めている。

 

「この『魔法少女ルルミン』って言う漫画、本当に感動するんですよ‥! この話に出てくる敵が実はルルミンと一番仲良しだった幼馴染で、ルルミンが戦いで勝った時に敵の正体を知ってしまって‥! そのシーンが本当にいつ見ても泣けちゃうんです!!」


 あぁ! 思い出すだけでも涙が‥!


 視界がぼやけるのを袖で拭いて防ぐ。それとは反対で師匠は未だにまじまじと本を見つめて呆れ君の表情を浮かべていた。


「それで、この本を持ってきたってことはボクに何かあるんでしょ?」

「よく分かってくれましたね! 流石、師匠です。実はですね、やって欲しい魔法があるんですよー!!」

「本当、君は表情がコロコロ変わるね。さっきの涙は一体どこへ行ったのやら‥」


 「全く‥」ため息を漏らす師匠。その割には嫌そうな顔をしていない。私はウキウキしながら椅子に座る師匠の膝の上に乗っかる。


「実はこの魔法の実現をして欲しくて‥」

「んー?」


 私は師匠にとある見開きページを見せる。それは、ルルミンが妖精ナナちゃんに星の魔法を披露するシーンである。深い青を背景にキラキラ光る流れ星を沢山散りばめるその綺麗な描写に私は心惹かれた。


 しかし、それが師匠には響かなかったのか素っ気ない態度で本を押し返された。


「くだらない」

「んまっ! なんてことを」

「そんなことをしてる暇があったら、水魔法の練習でもしてたら? コップに一センチしか水を貯めれないのに」

「ちょっと待ってくださいよ。一センチじゃないです! です!!」

「変わらないよ」


 「どいて」とでも言うかのように私を床に下ろして、器具が散らばった机に向かう師匠。その反応に納得がいかず、私も強気を見せる。


「私って元から魔力が少ない体質なんですよきっとー」

「言い訳してる暇があったら、さっさとやったら」


 むー。全然折れないなー。


「師匠のケチ! ちょっとぐらい出してくれるたって良いじゃないですかー」

「魔法は無闇に出すものじゃないよ。魔力は体力と同じで、消耗すると疲労が溜まるんだ」

「何を言ってるんですか? 一昨日私に散々魔法をぶっ放してきた癖にケロッとしてたじゃないですか」


 私がそう言うとパタリと動きが止む。追い討ちをかけるように私は次々に"なんちゃって独り言"を呟いた。


「あの時ちょっと痛かったんですよー? お家の周りの庭も一部、真っ黒焦げになりましたし」

「‥‥」

「私にお掃除任せて何処かの誰かさんは実験に没頭してしまうしー。あー、筋肉痛がまだ痛む〜!」

「それは‥」

「あー! もしかして、魔法出せないんですか?」

「!」


 師匠は目を見開いた。大きな瞳孔が小さくなって白目が目立つ。私は裏でほくそ笑んだ。


 しめしめ、かかったな?

 私はこの顔をしてくれるのを待っていたのだよ!!

 今日という今日は負けませんよー!!


「あーあ、天才魔法使いの名が泣いてしまいますよ〜?」

「どうやら呪われたいようだね」

「嘘ですごめんなさいマジで冗談の冗談です」


 何やら右手に奇妙な色をした液体が入ったフラスコを持っている。まだ熱の余韻があるのか、沸騰しているのか、それとも全く違うのか、謎だらけだが液体がブクブクと泡を吹いていた。


 それで私に何するつもりなんですか!!

 殺す気ですか?!


「むー」

「はぁ‥、しょうがないな」

「‥本当ですか?!」

「一回だけだからね」

「わーい。師匠大好きー!!」

「それ、他の人にも言ってるの?」

「え、どう言う意味ですか?」

「何でもない。いいから、見てて」

「分かりました!」


 師匠が座っていたフカフカの椅子に座り、師匠の準備が終わるのを待つ。長い赤茶の髪を束ね、彼の目つきが変わる。

 そしてブツブツと呪文を唱え始めた。


 その瞬間。

 

 殺風景な本棚だらけの部屋が、黒を含んだ青色に染まり辺りはすっかり夜に変わった。広い夜空に次々と淡い光が流れ始める。

 

「流星群‥‥!!」

「ふう、君のお陰で余分な魔力を消耗した‥」

「綺麗です!! やっぱり師匠は凄いですね、何でも出来ちゃいますね!」

「まぁ、ボクに出来ない魔法はないよ」


 ポンポン。

 

 師匠は大きな片手で私の頭を撫でた。いつぶりだろうか。師匠に撫でられるのは。師匠は本音が出にくいから、何を感じてるか分からない。

 でも師匠に撫でられるのは、すごく心地が良い。


 そう言えば星が流れている間にお願いをすると叶うって言うよね?


 もし、お願いが叶うなら、師匠のことをもっと知りたいなーって。

 師匠は、私をどう思ってるんだろう?


「もし師匠は一つ願い叶うなら何をお願いしますか?」

「君のおバカな脳味噌をド真面目脳味噌に移植して、君を真人間化する」

「ちょっとそれ、どう言う意味ですか!?」


 おバカじゃないです!!

 私は元からマジメなの!!!

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