第11話

その一週間後、


彼は自殺した。



忌引があけても出勤してこない彼を心配した店のオーナーが彼の部屋を見に行った時には、彼は本当に物の少ない独りぼっちの部屋で、首を吊って3日が経っていた。



そばに置かれていた紙切れ一枚の遺書には、

母親への恨み辛みは一切書かれておらず、



大好きな人ができたので、幸せに死ねます。

さようなら



とだけ書かれていた。






 精神科通院歴もあり、状況からして明らかに自殺だったが、彼と最後に会っていたのは父親の葬儀の日に家に泊めた私だったので、一応警察からの事情聴取があった。とはいっても形だけのもので、必要なことだけ聞かれて、あっさりと終わった。人の死が、こんなに淡々に処理されることに、私は密かに驚いた。


「アオくんに、最後にあってたのって、君だったんだって?」


 こぢんまりとした葬式で、サイトウにそう声をかけられて、捜査の内容は部外者には伏せられているのに、なんで知ってるんだ、と聞いたら、精神科医には持っていた患者が自殺したら連絡がいくから、今回担当した刑事が知り合いだったのだ、と答えた。


「よくある、しょうもない話さ」


 彼はあれだけ彼を第二の父親の様な目でみていたのに、案外淡々と、さっぱりとした顔でそう言った。


「あれだけ金も時間も使ったのに、最後の最後に会って数ヶ月の君には掻っ攫われるとは、妬けるなぁ」


とも言って、少し寂しそうに、飄々と笑っていた。




彼の母親はすぐ分かった。

通夜の席で、「アオイー!アオイーーー!」と憎しみとも悲しみともつかない声で叫びながら、明るい色の傷んだ髪を振り乱して泣き喚いている少し太った中年の女性がいた。上品そうな親戚らしき男の人二人に取り押さえられても、尚も力の限り喚いていた。


彼は本名をアオイというのか、とサイトウも私も、そのとき初めて知った。






私は、短時間だけ滞在して、香をあげたら、さっさと家に帰ってきた。彼を家に無理やり連れ帰った、あの日を思い出した。


 喪服を脱いで、ハンガーにかけ、シャワーを浴びて、あの日アオくんに貸した部屋着に袖を通し、声を張り上げて、思う存分泣いた。



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君を愛するために生まれてきた @Nchann

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