エピローグ:君が大好きだ
事後処理が素早く行われることになったが、まあ結果からすれば現場に教頭を回収するヘリがやってくることは無かった。
やはり元々協力関係だったわけではなく、あくまでも利用するつもりで話を進めていたのだろうし、彼等は幾ら指摘しても証拠が出てこない限りしらを切り通すだろう。
環太平洋連合政府陣としてはこれ以上事態の深刻化を阻止するためにも、記憶粒子の暴走を食い止めるためのワクチンチップの量産体制は必須項目となっていた。
そして、肝心の今回の暴走事件で暴走してしまったウイルスチップを使ってしまった暴走者はと言えば…それぞれが体に問題を抱える羽目になってしまうことに。
ただ頭にバックドアを仕掛けられる程度なら直ぐに閉じることが出来るが、暴走した記憶粒子の中でその影響をモロに受けてしまった脳細胞の一部はやはりダメージはそれなりに大きかったそうだ。
では一華はどうなったのかと言えば…一華は記憶消失を患ってしまった。
被害を受けたのは思い出を司る部分だったようで、今までの記憶も全て失ったそうだ。
俺はドア越しに一華の声を聴くことになったが、医師からの質問に答える弱弱しい彼女の声はもはや別人と言っても良かった。
ショックのあまり部屋の中へと入ることがどうしてもできず、そのままフラフラと中庭へと歩いて行った。
想定していなかったわけじゃないが、それでもいざそういう場面に向き合うとどうしても受け入れられなかったのだ。
唖然とした気持ちでそれ以上の気持ちが湧いてこない。
いや、追いつかないんだ。
『記憶消失か…想定していた症状の一つではあるがな。お前にとってはショックか?』
「一緒に死んでやることも別に苦じゃなかった。でも…これじゃ僕の片思いじゃん…」
一生片思い。
好きだと伝えても伝わることは無い。
それがただ辛い…苦しい…悲しい…そんな感情だけが心の内側を満たしそれ以外の感情がやってこなかった。
沙喜が一華に会う日は当分来ないだろう。
それはある意味彼女にとって幸せなことかもしれないが、これは別に彼女が逮捕されたという意味ではない。
沙喜は海谷家からの要請にこたえワクチンチップの開発を担うことになっただけ、だから僕は彼女に一華の事を教えてはいない。
聡はああいう性格だからか僕に気を使いあえて触れようとはしないのか、会いには来ないだろう…分からないけど。
元々治療用に開発する予定だったものがこんなテロに使われるとは沙喜も思わなかっただろうが、彼女にとってショックだったのは…そして、ワクチンチップの開発をする気になったのも「自分が作ったモノを利用されて大切な人を傷つけられたから」である。
これも僕の責任だ。
「僕が彼女をあえて遠ざけたから…守りたかっただけなのに」
『それがあえて彼女を傷つけたな。遠ざけた事が止めになったわけだ。お前の隣に居たいと願う彼女からすれば遠ざけられたり、手加減されたりすることは一番してほしくなかったことだろう。だが、同時にお前が天才ゲーマーだったことが更に彼女に近づくきっかけを奪った』
天才ゲーマーだという自覚を幼い頃持っていたのか、それを沙喜に事件後直ぐ聞かれたが、正直に言えば在った。
在ったからこそその自覚から逃げたくて僕はゲームから逃げたんだ。
自覚すれば彼女に嫌われるようなそんな気持ちが強かった。
だって…彼女が負けた時、あの時の表情は僕にそんな思いを抱かせるには十分な者だったからだ。
「好きだって正直に言えば解決したのかな?」
『無いな。人工知能が言うのもなんだが、はっきりと言える。多分無い。お前達の性格を考えればそれで解決はしないだろう。実際、お前が告白して上手くいく未来を想像できるか?』
出来ない。
ヴァイスの言う通りで僕が告白して上手くいく未来が、それを見て沙喜が喜ぶ未来が想像できない。
というより、沙喜が苦労して僕達の仲を取り持とうとしていたように、僕達の関係はいつ破綻してもおかしくはなかったんだ。
むしろ今まで沙喜や聡が居たから僕達の関係は維持できた。
「甘えすぎたな…でも。どうすれば…」
『………人間は相も変わらず不器用だ。伝えたい思いがあるのならさっさと言えばいいし、素直になるべきだ。効率が悪い生き方しかできない。だが、その効率の悪さこそが人間なのかもしれない』
「人工知能が人間を語るか? そこまで単純じゃない…」
『そうだ。そして、私達人工知能はどこまで進化してもシンプルなのさ。効率を重要視し、人に似せて作らせても私達には分からないモノが多い生き物』
ヴァイスは語る。
人間とはではなく、命とはについて。
「人がどんな生き物なのか、そんなもの誰だって証明できないだろう? 今だって人は魂の存在すら証明できない。不可解なことが多い世の中で人の一生の中で解決できることは無いと断言できる」
『では、このまま諦めるか? それも手段だと思うぞ。多くの天才は難題を前に諦める。出来ることだけを選んで生きる。おかしいことじゃない。新しい恋に前向きに生きてみるか? それも手段だと思うぞ?』
確かにそれも手段だろう。
諦めるという事も…でも僕の心はそれを否定しているんだ。
好きだって気持ちをこれから一生隠して、別の人と付き合ってずっと一華が好きだったことを思い出して生きる?
一華を好きだって気持ちに答えてもらえないまま僕はこれから一生を生きていく?
「嫌だ。そんな生き方は出来ない」
『ではどうする? 諦めるのか? かつてのビビアン達のように…お前の祖父のように。あれは諦めたのだ…一緒に生きるという目標を』
爺は諦めて生きてきた。
辛いことや悲しいことから目を背け、逃げようと心に決めて生きてきた。
『理不尽を飲み込み、不条理を受け入れても前に進むつもりがあるのなら…一から始めればいいだろう? なんならマイナスから始めても良いぞ。失敗したという気持ちがあるのなら始められるだろう? まあ、お前の好きにすればいい…決断に任せる。私には関係のない話だ』
「他人事だな。勝手だ」
『勝手さ。関係が無いことは真実だ。人工知能に愛を教えられても困る。人が抱く恋愛感情は思考回路のバクだろ? だが、そのバクこそが生きているという証明なら私はそのバクを見守るだけだ。出来ることは選択肢をお前に与えるだけ』
ヴァイスが教えてくれる選択肢。
『このまま諦めて一華の事を忘れて生きていく。ゼロからもう一度関係を始めるのか…どうする?』
「……………」
『かつてお前が彼女から何を貰ったのか、それを考えてみると言い』
僕は病室へと向かいドアの前でふと立ち止まる。
ここで選択肢なのだろう事は簡単に理解できるが、同時に怖くもある。
勇気を振り絞って生きるようなことは今までそうあることじゃなかった。
今だけは失敗することが怖い。
引き返して忘れて生きるか、ノックしてまた始めるかを悩んだ時僕は祖父が「諦めた」という言葉を思い出した。
諦めたからこそ忘れられなかったからこそ祖父は彼女達の名前だけでものちの世に残したかったのだろう。
僕は前に進もう。
祖父とは違うんだとノックをし中から「どうぞ」という声が聞こえてくる。
横にドアをスライドさせて中へと入っていくと、カーテンに隠れている一華を発見した。
決めていた事、今日沙喜から送られてきたこのゲーム機を渡すために僕は来た。
「ご、ごめんなさい。私…何も覚えていなくて。貴方は私と会ったことが?」
その言葉だけで僕の心を抉ってくるが、それを表情に出さないように堪えてから僕は「いいや」と否定する。
「初めて会うよ。初めまして海谷家の次期当主です。君に会いに来たんだ」
「私に?」
「ああ…」
あの日、一華から貰った言葉をそのまま返そう。
「君に面白いゲームを教えに来たんだ。やってみない?」
あの日、君は僕にゲームを教えてくれた…僕はこのゲームが嫌いだ。
きっと一生そういい続けていくだろう。
でも、同時にきっと辞めない。
君が教えてくれたものなのだから。
「うん…やってみる」
笑顔を見せてくれた君の隣に立ち君にゲームを渡すその姿はあの日の逆なのかもしれない。
でも、きっと僕は一生君に好きだとは言わないだろう。
君に「好きだ」って言ってもらえる日まで、僕は絶対にあきらめない。
君が百回忘れるなら百一回君に「初めまして」と言い続ける。
僕はゲームが嫌いだ。
君を引き離したゲームが嫌いだけど…君が大好きだ。
AR・アーマーズ【ゲーム嫌いは最強ゲーマーでした】 中一明 @redgrandee-5296
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