第8話 悪役令嬢が断罪される時(1)
それからの私は家具工房に入り浸ったわ。
親方は現在受注している家具を部下に任せ、ロッキングチェア造りに専念してくれたの。
カーブした板の上に椅子をつけるのは簡単だったわ。だけど試作品一号は親方が乗ったら、バランスが崩れ前に倒れたわ。つまり重心の問題ね。
そこで試作品二号は重心を後ろに持って行ったの。すると今度は親方や私が乗る分には良かったのだけど、ラデク様が乗ったら後ろに倒れてしまったわ。これでは誰でも使うことができない。
そこでカーブした板を大きくすることにしたわ。
そんな風にいろいろなパターンを作っては試す日々は楽しくて、いつの間にか私は大きな声を上げて笑うようになっていたわ。それはラデク様も同じ。
ラデク様は暇を見つけては私と親方のもとにきて、一緒に悩んでくださるの。王都の貴族の男性達は王太子様も含め、あまったるい砂糖菓子のようなセリフしか吐かなかったけど、ラデク様は違う。はっきりと言うし、私の意見も聞いてくださる。ときに言い合いになることもあるのだけど、ちゃんとお互いの譲歩案がでるまで話し合ってくださるわ。
不器用だけど素敵な方。悪役令嬢である私にはもったいないほど、優しい方。ラデク様に私は相応しくないわ。
そんな思いを心に秘める日々の中、ラデク様のご両親に会う機会に恵まれたわ。ラデク様のお父様はラデク様にそっくりで、やはり熊さんの様だったわ。豪快に笑う方で、私もつられて笑ってしまう、そんな不思議な魅力を持った方だったわ。
ラデク様のお母様はお父様よりもずっと豪快な方で、私を見るたびに「もっと太りなさい」と言って懐から出したお菓子をくださったわ。
でもお二人とも私を「娘」とも「嫁」とも言わず、「アドリアナ嬢」と言い続けたわ。つまり私をベドナジーク伯爵家に置くつもりはないということがはっきりと分かって、心が痛んだわ。
ある時、親方に言われたわ。「本当の夫婦になる気はないのかい?」って。
私は首を横に振ったわ。だって私は悪役令嬢だもの。今はかりそめの夫婦。愛されてはいけない存在。だからラデク様のご両親も認めて下さらない。
でもそれは建前だって、もう分かっているわ。私は怖いの。私の本当の両親のように子供を虐げるような、子供を人として扱わないような、そんな親になるんじゃないかって。
それに私は愛が分からない。今、ラデク様や親方と話ができるのは『仕事』だと割り切っているから。
私は人を信用できないから、本心を言えない。前世の養父母との関係のようになんでも言うことができない。自分をすべてさらけ出すことが『愛』ではないと言うなら、何が愛か分からない。
◇◇
ある日、ラデク様がピクニックに誘ってくださったわ。働きづめは良くないから気晴らしに行っておいでと親方に言われたからよ。ロッキングチェアはもう少しで完成。確かに少し休んだほうが良いと思ったからよ。
ただ驚いたわ。だってラデク様とふたりきりだったのだもの。
確かにラデク様とは仲良くなっているわ。初めのころの挙動不審もなくなったし、最近は私の目を見て話してくださるわ。
でも困ったことに、視線が交わるとどうしてかしら。私が視線をそらしたくなるの。心臓も早鐘が鳴り響くようになるし、落ち着かないわ。なのにふたりきりでのピクニック。
ラデク様の操る馬に乗ると、背中に彼の体温を感じて、さらに心臓が大きく鳴り響くわ。顔は自然と真っ赤になるし、口元がなぜか緩みそうになるから、きゅっと嚙み締めたわ。まるで恋愛小説の登場人物のよう。
でも、これは私が一方的に思っているだけ。恋してるだけ。愛になんてならない。だって、ラデク様にすべてを話すなんてできない。ラデク様には私の良いところだけを見て欲しい。だからこれは愛じゃない。ただの恋。
ピクニックの目的地はベドナジーク伯爵領にある花畑。花畑の中に小高い丘があって大きな木が一本るの。その木はベドナジーク伯爵家の紋章にシンボルとして描かれているわ。
ラデク様のずっと昔のご先祖様がこの地で精霊と出会い、この地の領主となるまでの物語。この国の人間なら誰もが一度は読んだことのある絵本だわ。
「ここは禁足地ではないのですか?」
「禁足地ですが、今回は特別です」
ラデク様の何気ない言葉に傷つくのも慣れて来たわ。私の為に特別に連れて来たのかと勘違いしそうになるけど、違うことは分かっている。分かっていても傷ついてしまう自分が嫌になるわ。
花畑の花々はかわいらしく、ベドナジーク領を象徴する木は壮大で美しいわ。こんな大きな木の下でピクニックなんて、一生の思い出になりそうね。
チェック柄のかわいいレジャーシートの上に、かわいいバスケット。そしてラデク様と私。鳥のさえずる声は耳に心地よいし、柔らかい風が花々の香りを届けてくれるわ。太陽の鋭い日差しは木々が受け止めてくれて、やさしい木陰を作ってくれるわ。
そんな中、ラデク様がまじめな顔をして、私に断罪の言葉をくれたわ。
「あなたの冤罪が立証されました。あなたは王都へ戻れます」
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