第7話 悪役令嬢の過去

なぜロッキングチェアが欲しいのか、それは前世の私の生い立ちと関係があるわ。


私はネグレクトされた子供だったの。

両親は私を犬と呼び、玄関に置いてある犬小屋が私の部屋だった。犬は自分で食事を獲ってくるものだと教わり、食事は与えらなかった。


深夜になると餌を獲って来いと家を追い出されていたから、その辺の草を食べたり、飲食店の残飯を漁っていたわ。


誰かに見つかったら殺されると教わっていたから、見つからないように気をつけたわ。おかげで隠れるのだけは上手になったわね。


だけどいつまでも隠れて生きていくことはできなかったわ。


ある日、私は酷い風邪を引き、空腹と高熱から道端に倒れてしまったの。まだ幼かったけど、自分が死ぬんだと言うことは分かったわ。


嬉しい気持ちと、哀しい気持ち半々で泣いていたところ、たまたま散歩をしていた老夫婦に助けてもらったの。

そして紆余曲折あったけど、その老夫婦と養子縁組することになったの。


養父母は『甘えてね』と言ってくれたけど、私はどうやって甘えて良いのか判らなくて、ずっと壁を作っていたわ。だって甘えるって難しいことだもの。その頃の私には特に。


養父母の家にはロッキングチェアがあって、養母はその椅子に座って、良く編み物をしていたわ。私はその姿を見るのが大好きだった。


『使って良いのよ』と養母は言ってくれたけど、私には座ることができなかった。だって私が座ったら温かい空気が消えてしまう気がしたから。


私が大きくなった頃に、養父母は他界してしまい、その家は私が相続し、養母のロッキングチェアも私のものになった。


その時に初めて座ったの。ゆらゆらと揺れる椅子が恩返しもできず、親不孝だった私を許してくれた気がしたの。


それからは辛いことがあるといつも座ったわ。ロッキングチェアは、私の心をいつだって落ち着かせてくれたの。

今思うと、私の精神安定剤だったのね。


だから今世でもロッキングチェアが欲しいの。養母のものではないけれど、それでも私が愛されていたという記憶。

今世の両親も私を愛してくれているのは分かっているわ。だけど前世の両親への引け目があり、甘えることができなかったわ。融通の利かない娘で申し訳ないと思っているのよ。本当に





「ろ……ロッキング?チェア?それはいったい、椅子なのか?」


ラデク様の言葉で我に返ったわ。そうね。そんな名称で言われても分からないわね。だってこの世界にはないんだもの。


「そうですね……揺れる椅子といえば良いのでしょうか?椅子の脚の下にカーブを付けた板をつけて、使用者が座るとゆらゆらと揺れる椅子があったらと、思っていまして」


ああ、言ってみたもののどうしましょう。

悪役令嬢で断罪待ちの私がこんなことを言っても、きっと相手にしてもらえないわ。だって、ラデク様の奥様でもなんでもないのですもの。

かりそめの妻にそんな好待遇が許されるわけないわ。


「揺れる椅子……脚の下にカーブした板……」

親方がぶつぶつ言ってるわ。悩ませてることが良く分かるわ。


「申し訳ございません、わたくしの思い付きですの。お忘れになってください」


ああ、なんて恥ずかしい。これだから断罪されちゃうのね。


いつも頭の中ではいっぱい話せるのに、言葉にだすことができない。これは前世から変わらない。仕事では誰とでも話せるのに、プライベートになると話せなくなる。だから友達もいない、彼氏なんてできるはずもない。だって心から人を信用することができないから。


生まれ変わっても変わることができない、みっともない私だもの。断罪されても仕方ないのよ。


「いや、私は面白いと思うが、どうだ?」


「ええ、ラデク様、揺れる椅子とは随分と革新的です!これは家具業界に革命が起きますぞ!」


ラデク様と親方の目が輝いているわ。まるで宝物を見つけた子供の様に。


「奥様!ぜひとも、そのロッキングチェア……と言いましたな!それを作るのに協力して頂けませんか?」


ああ、どうしましょう、だって私は断罪される身の上。そんな私が椅子造りに協力したら、ロッキングチェアのやさしいイメージが壊れてしまうのではないかしら。


「アドリアナ嬢、申し訳ないが協力して頂けないだろうか。そのわが領の家具は確かに高級品として売れているがマンネリ化していて、他国の家具に押され気味なところもある。あなたの斬新なアイデアが欲しいんだ」


「それは……商売として協力して欲しいということでしょうか?」


「ああ、そうだが、そうか、アドリアナ嬢は令嬢だから、商売に協力とかは嫌か……」


「そんなことはありません!」


私は声を張り上げる。仕事となると別だ。この世界では確かに女性は働くことは許されない。家庭を守るのが役目だからだ。でも許されるなら働きたい。それに仕事と割り切れば、私は発言できる!


「ぜひアドバイザーとして雇ってください。お給料はロッキングチェアの売り上げの5%でいかがでしょうか?」


「「「へ??」」」


あ、しまったわ。ラデク様と親方と執事が目を真ん丸に見開いているわ。そうね。こんな発言は公爵令嬢がしてはいけない発言よね。どうしましょう。


私は真っ青になったし、親方は怪訝な顔をしているけど、ラデク様は思いっきり笑ったわ。豪快な笑い声が部屋に響くわ。


「ああ、ぜひともそれでお願いしたい。思ったよりもたくましいですね。アドリアナ嬢」


私が驚いていると、親方がそっと耳打ちしてくれたわ。


「ラデク様のお母様も商魂たくましい方です。気が合いそうでなによりですな」


私の胸がかってないほど、大きく鳴り響いたわ。その理由は分からない。だけどなぜかラデク様から目が離せない。不思議なほどに。

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