第6話 悪役令嬢は職人技に感嘆する。

家具職人の工房は、お屋敷の端、東側に位置するところにあったわ。

3階建ての木造の建物は、ログハウスでかわいらしく、中に入ると木の匂いがツンとして、癒されるわ。


家具職人さんは老若男女問わないようで、若い子からお年を召した方まで15人で働いていた。皆が誇りをもって働いているのが良く分かるわ。

私とラデク様を見ると、軽く会釈はしてくれたけど、手を止めることなく働いている。


職人は挨拶はしなくて良いことになっているとラデク様が説明してくださった。申し訳ないと謝られたけれど、そこは気にする必要はありませんと伝えたわ。お仕事中にお邪魔しているのは私ですもの。


この世界には、前世と違って魔法があるから、木の乾燥から加工からあらゆる事を魔法でやっているみたい。

そうよね。前世だって機械を使って加工したり、カットしていたものね。それが魔法に変わったと思えば、良いだけよね。


「あ――現在は王室への献上品を製作していまして……」


ラデク様の説明を聞きながら職人さんのお仕事を見ていくわ。

どうやら今は、王都に新たに建てられる迎賓館で使用される机や椅子をつくっているみたい。背もたれの緩やかなカーブ。さらに美しい彫刻。漆の塗りもきれいだわ。ひと手間、ひと手間、丁寧に愛情込めて作っているのが分かるわ。


会議室に置かれるテーブルは一枚板……これはベドナジーク伯爵領の特産、胡桃の木ね。これだけの大きさだと樹齢は何年かしら?確かに王室でしか使用できないものよね。うっとりするほど素晴らしいわ。


「退屈ではございませんか?」

執事さんが心配そうに聞いてくるけど、それには首を振って答えるわ。


だってこれほど素晴らしい技術を無料で見せて頂いているのよ。退屈なんてしないわ、むしろこのままここに住みたいくらいだわ。


ほう……っと息を吐きだして、ついついうっとりとした目で眺めていると、ラデク様がその場で崩れ落ち、執事さんは胸を押さえて工房の外へと行ってしまった。


さらに職人さんの手も止まってしまったわ。困ったわ。ここにいないほうが良いかしら?お邪魔かしら?


「あ……えっと、奥様、とお呼びしても宜しいのでしょうか?」


おひげをもっさりはやした……ここがゲームの世界だったらドワーフかしら?なんて思えるような小さなおじ様が話しかけて来たわ。彼が皆を指導しているから、親方?みたいなものかしら?とにかく一番技術があって偉い人よね?


「わたくしは構いませんが、ラデク様がお嫌かと……」


「い――嫌なんか……じゃないもん…………あ……あぅ、いや、奥様なんてそんな」


またラデク様の言動がおかしくなったわ。最後のほうはごにょごにょ言っていて聞き取れないし。親方も困っていらっしゃるわ。


「わたくしのことはアドリアナと呼んで頂けると嬉しいわ」


「ではアドリアナ様、家具作りに興味がおありの様ですね」


「ええ、とても。特に皆様のような熟練の職人の方々の作業を見るのは楽しいわ。素晴らしい腕前ね」


「アドリアナ様の様なご令嬢様から、そのようなお言葉が聞けるとは思いませんでした。遊び半分でいらっしゃったのかと思ってましたが、どうやら違うようですね」


「遊び半分ではないわ。でも皆様の作業を邪魔しているのなら、謝らないといけないわね」


「いえいえ、美しい方を見ると創作意欲がわいてきます。いやぁ、眼福、眼福」


「まぁ、お上手なのね」


親方が私を見る目はやさしいわ。

そういえばこの世界にきて、こんな風に自然に話せたことはなかった気がする。


前世、職人気質で気難しかった職人さんとお客様のご要望にお応えする為に、板挟みになった記憶がある。職人さんの物作りに対する誇りと、お客様の要望にお応えする責任で、何度も話し合ったわ。最後には、職人さんとも仲良くなれたわ。

その職人さんに、この棟梁が似ているせいかしら。


「な、なにか欲しい家具があれば注文しても良いですが」


あ……ラデク様が復活したわ。こほんと照れ臭そうに咳を打っても、真っ赤になった耳が照れた様子を表していてかわいいわ。


それにしても欲しいもの……何かしら?悪役令嬢で断罪される予定の私がおねだりしても良いのかしら?でも、これはチャンスよね?実は欲しい家具があるの。


「あの……ロッキングチェアが欲しいのですが……」


「ろ……なんですかな?」

親方が目を白黒させたわ。そうね、この世界にはないものね。

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