第5話 悪役令嬢は暇を持て余す

パチっと目が覚めたわ。朝ね。透かしカーテンから入る朝日が眩しいわ。


新婚初夜はなかったわ。絶倫ラデク様に気絶するまで襲われる、もしくはドSラデク様に鞭打たれるとか妄想したけど、何もなかった。むしろよく寝たわ!


変ね。いつ断罪されるのかしら?


扉がノックされて専属の侍女さんたちが入ってきたわ。「おはよう御座います」と丁寧に挨拶もしてくれた。洗面器に張られたお湯は適温。渡されたタオルはフッカフカ。お顔に塗られた化粧水は高級品。あれ?いじめは?




◇◇




ぼーっと窓の外を見ているわ。


朝食も絶品だったわ。しかもゆっくり召し上がりたいでしょうからと言われ、部屋で食べたわ。確かに食堂で食べるとなるとお化粧して、ドレスを着なきゃいけないから面倒だものね。

ああ、朝食で出たピリッと香辛料の効いたソーセージが美味しかったわ。明日も明後日もずっと永遠に食べたい。


それにしても……暇ね。


前世はバリキャリとして働いていたし、今世は王太子妃として頑張って勉強したり、社交をしたりしてたから、こうやってのんびりしていると何をして良いか分からないわ。


改めて考えると私って無趣味なのね。本当に暇。


いじめもないし、虐待もないし、拘束もない。

どうしたら良いのかしら?もしかしてこれが断罪?ニートでいろって事かしら?でも私にとっては辛いことだけど、人によっては天国よね?じゃあ断罪じゃないか。


どこかに行っちゃだめって言われていないし、出かけて見ようかな?部屋から出ても良いかしら?


「お外……歩いてみようかしら……」


ポツリと呟やいても誰も答えはくれない。そうね。ひとりだもの。いつだって、どこだって、生まれ変わったって、私はひとり。


すっと立ち上がって、扉を開けると広い廊下が広がってる。ここは3階。階段は右手方向にあったはず……。


廊下の床は大理石。白の漆喰の塗り壁は熟練の職人によるものね。窓枠は黒檀。窓ガラスは透明で、その先の景色が良く見える。貴族の建物としても、王城で使われているような高級な造り。


王都の貴族達は、ベドナジーク領を田舎だなんだと馬鹿にしてるけど、財力、武力、歴史とどうあがいても勝てないから、そう言ってるのね。


そんなところに来た悪役令嬢……本当に私は何をすれば良いのかしら?転生チートもないのに。


ため息をついて、階段に辿り着くと……

「あ、ラデク伯爵様」


階段から降りてくるラデク様と目があったわ。お辞儀、お辞儀…あ……癖でカーテシーしちゃったけど、もしかして跪いて頭を床に擦り付けた方が良いのかしら?


「あ……ああ……あ、アドリアナ……じ……じょおう」


じょおう?嬢かしら?やっぱりラデク様も妻と思って頂けないのね。悪役令嬢の妻なんて嫌よね。少し寂し……くもないわね。


それにしても相変わらずキョドっていらっしゃるわ。大きな目が左右にキョロキョロ動いて落ち着きがないわ。これでは視線も合わないわね。そんなに私のことを見たくないのかしら?


「ど―どこうに……行くのかな?」


どこう?ラデク様の声が上擦ったので、『どこう』って聞こえたけど、きっと『どこ』よね?

出歩いては行けなかったのかしら?


ラデク様の後ろにいらっしゃる執事も、呆れた表情をしているわ。やっぱり部屋に籠っていなきゃダメなのね。


「申し訳ございません……部屋に戻ります……」


「ち――違う!じゃない……違います!ど……どこに行っても良いんです。と……閉じ込める気なんて、これっぽっちもありません!も……もし良ければ誰かに案内させましょうか?と言っても都会から来た方にお見せできるものがあるかっ、どうか……珍しいものと言えば、庭園と……って田舎の庭園見たって面白くないですね……えっと、あ……家具工房が敷地内に――って、面白いわけないだろ!他にはえっと」


ラデク様のひとりボケ突っ込みが忙しいわ。

じゃなくて……


「家具……工房ですか?」


慌ただしく両手をアワアワと動かしていたラデク様の手が止まる。キョトンとした目がかわいいわ。


「あ……はい。我が伯爵家では有望な家具職人を敷地内に住まわせていまして……ですがご令嬢が見ても面白くないかと……」


そんなことないわ。私は前世で家具を取り扱っていたの。素晴らしい腕を持つ家具職人は、もはや芸術家と言っても過言ではないわ。

彼らが作る芸術作品を見に工房へと足しげく通ったものよ。その時ばかりは空っぽな私の心が満たされるようだったわ。


「わたくしが……行っても良いのでしょうか?」


上目遣いで懇願するわ。だって見たいもの。


「おおおう!!か……かわ……あ……ぐぅ」


あら?ラデク様が心臓付近を押さえてそっぽむいてしまったわ。何かしら?持病でもお持ちなのかしら?


「もし宜しければ、ご案内致しますが?」


にっこりと執事が笑って答えてくれたので、私もついつい微笑んでしまうわ。だってお年寄りの春の陽だまりのような温かな雰囲気が、昔から大好きなんですもの。


「ありがとうございます、お願いできますでしょうか?」


「ふぅ……ぐぐ……これは」


あら、執事さんまで身悶え始めてしまったわ。

やっぱり悪役令嬢は嫌われてしまうのね。

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