第4話 悪役令嬢、食レポする。

ぱっちりと目が覚めたわ。久しぶりのベッドはやっぱり最高よね?


まるで夜逃げのような行程の、馬車での移動は辛かったもの。前世は路上でも床の上でもどこでも寝られたのに、人は贅沢に慣れるものね。


公爵家のベッドはふかふかで、天蓋付きの可愛らしいものだし、やっぱり可愛いものに囲まれていると心が穏やかになるものね。


ベッドから出て、近くにある窓から外を見ると、目の前には緑豊かな森が広がっているわ。


あら、あの葉の形といい、色といい、胡桃の木じゃないかしら?胡桃の木は、実は栄養価が高くて美味しいし、木材としても強度があり、狂いが少ない良い材質になるわ。

前世ではウォールナットなんて言われて高級品の家具に使われることが多かった。


それは今世でも同じ。ベドナジーク領の特産品のひとつは、胡桃の木を使った家具で、購入するのに三年は待つわ。実家の家にある応接間のテーブルセットはベドナジーク産よ。それほどまでに高級品なの。憧れのベドナジーク家具。その憧れの家具を使われた私の部屋。かわいいだけじゃなくて、最高級の品質。幸せ色だわ。


転生したと気がついた時には、前世の知識を活かして、転生チートができると思ったけど無理だった。


だって現実を見て欲しい。小説では良く日本の食材、味噌とか醤油とかで転生チートを起こすけど、そんなの簡単にできるものじゃないし、そもそも調味料ってスーパーで買うものじゃない?作り方を知ってる人ってレアだと思うの。料理だってそうよ。この世界のご飯は十分美味しいから、新しい文化を起こそうなんて微塵も思わないわ。もっとも前世の私は残飯を漁ってた時もあったから、食べられればなんでも良いと思ってるところがあるけれど。


食事の事を考えていたらお腹がなったわ。侯爵令嬢でも、悪役令嬢であってもお腹は空くわね。


「17時……」

この世界も24時間であることには変わらないわ。12ヶ月で四季があることも。


「お腹……空いた」

もしかして食事を与えられない系の断罪かしら?だとしたら辛いわ。虫が入っていても良いし、残飯でも良いから食べたいわ。食は生活の基本だもの。食べ物がない辛さは前世の幼少期を思い出して悲しくなるわ。


不意にノック音が聞こえ、返事をすると侍女さんが3人。先ほどの人達ね。そう言えば名前を教えてもらってないわ。悪役令嬢に教える名前はないのね。きっと。うん、納得!


「お食事はどうされますか?」

「どうとは?」


「ラデク様とご一緒にされますか?お嫌であればこちらにご用意しますが……」


ラデク様……旦那様ね。ひとりの食事は味気ないもの、できれば一緒に食事をしたいわ。


「ラデク様がお嫌でなければ、ご一緒したいわ」


「承知しました」


あら?なんだか侍女さん達の口の端が持ち上がったような……気のせいかしら?


もしかして――分かったわ!きっとここから断罪を始めるのね?あられもない格好をさせられて、食堂に連れて行かれるのね?そして食事は虫……は食べちゃうから、すっごく硬いパンとか……あ、でもそれは…私は歯が丈夫だから食べるわね。わざと不味く作ったスープ……も飲んじゃうわね。血の滴るステーキ……はご褒美ね。


つまり食事は怖くないわ。食べられれば何でも良いもの!


よし!行くわよ!断罪されに!



◇◇



ドレスは普通に好みのものが用意されたわ。そう言えばクローゼットを見たわね。私好みのドレスがあったクローゼット。


食堂への案内も虐められなかったわ。むしろ実家より丁寧だったわ。


食堂のテーブルがすっごく長くて、ラデク様と遠く離されるかと思ったけど、ここも普通だったわ。6人掛けの長テーブルの両端。ラデク様の熊みたいな顔が良く見えるわ。


となるとやはり食事が酷いのね。でもね大丈夫。私は食べられれば何でも良いから!


食事はフルコース。きっと作者は何にも考えずに、王侯貴族=フレンチのフルコースって考えたのね。安直極まりないとはこの事だわ。異世界の物語を描くならしっかり設定を作りなさいよね!


まずはアミューズね。

ベドナジーク辺境伯の領地は海川山と揃ってるから、普通だったら美味しいものだけど、残念ながら私は悪役令嬢。虫かしら?それとも石?でもラデク様との距離が近いから、それだとあからさまにいじめがバレるわね。どうやって虐められるのかしら?それともラデク様もご存知の上で虐められるのかしら?


「領地の野菜を使ったアミューズでございます」


なぜか私の後ろにいる執事さんが配膳してくれたわ。なぜ執事が?ここは専属侍女か配膳専用の係のものがするんじゃないの?とは思うけど、執事が私をいじめる主犯かも知れないわ。


さてさてそんなことよりご飯にしましょう!

かわいらしいデザインのスプーンに乗ったひとくちサイズの……これはミニトマトね。ミニトマトの中に色々入ってるわ。やだ随分と凝ってるのね。これを食べると口の中に広がるのは、石とかガラスとかってことね。って美味しいわ!石なんて入ってない!


トマトの中にはタマネギのみじん切りとサーモンのマリネが入ってるわ。なんて凝った料理!少し清涼感のある野菜がサーモンと相まって美味しいわ!甘みのあるミニトマトも美味しいし、これが一個しか食べられないなんて!あ!分かったわ。これがいじめなのね!美味しいものを少しだけしか与えないってわけね!と言いたいけど、アミューズは居酒屋で言うお通し。この量が適切ね。


これはいじめのネタではないのね。ではトマトの横の白い丸い物体を食べるわよ!これは何かしら?


あ!蕪だわ!蒸した蕪の中にお肉が詰まってるわ!これは鶏肉ね。お口の中にポロポロと落ちる鶏肉。そして広がる蕪の甘み。丁寧に味付けされた一品。我が家のシェフより、王宮のシェフより上手なんじゃ無いかしら?


「わ……我が家の料理はいかがでしょうか?素朴な味付けでお恥ずかしい……」


ラデク様……どこを見ていらっしゃるの?視線が私ではなく執事に向かってるわ。悪役令嬢である私の顔を見るのも嫌なのかしら?となると夜のお努めはないのかしら?


「とても美味しいですわ。これから毎日この食事ができるかと思うと、とても嬉しく思います」


「ま・ままま、毎日だなんて!そ……そそそんな‼︎」


ラデク様がわかりやすいくらいキョドってるわ。悪役令嬢である私にいてもらっては困るのね。そうね、分かるわ。


その後は順調に美味しくて美しい料理のオンパレードだったわ。食器も素敵だし、椅子のデザインも座り心地も最高だったわ。さすが王室御用達高級家具の産地なだけあるわ。


美味しかった食事の後は、再び侍女さんに素敵な香りのお風呂にも入れてもらったわ。となると次は新婚初夜ね。私に努まるかしら?

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