第3話 悪役令嬢と純情辺境伯爵

お風呂も飽きてきたわね……と思っていると、侍女が楚々っと現れたわ。素晴らしいタイミングね。心でも読めるのかしら?


「お着替えをお手伝い致します」

そう言って侍女さん達は丁寧に身体を乾かしてくれるわ。ちなみこの世界には魔法が存在するの。これも異世界転生あるあるよね?


ふと気がついたけど、着替えがないわ。どうしましょうと思っていると、案内されたクローゼットにはなぜか私好みの衣装が用意されいるわ。さすがに驚くわね。


状況から見て、今日はボロボロの服に着替えさせられて、昼夜問わず働かされることはなさそうね。いったい、私はどうやって断罪されるのかしら?まったく適当な本を書いた作者を殴ってやりたいわね。


「お疲れでしょうからお休みになりますか?」

侍女さんが部屋にあるベッドへ視線を向けているわ。確かに私は疲れている。それは確かよ。


王宮で断罪されて、そのまま侯爵令嬢らしからぬ見た目の馬車に乗せられて、馬だけ替えながら夜通しぶっとおしで丸5日。ご飯は硬いパンひとつ。寝るのもガタガタ揺れる馬車の中。そんな状態でベドナジーク領まで来たのよ。疲れているに決まっているわ。でも良いのかしら?今日は結婚式を挙げたのよ。新婚初夜は良いのかしら?


「ひと眠りしたいのだけど……」

と私がいうと、侍女さん達はネグリジェを用意してくれたわ。ひもを引くとあらゆるところが顕になる大人のネグリジェではなく、ゆったりとした着心地の可愛らしいワンピースタイプのネグリジェ。


ちなみに今の私はまっぱよ!裸!

前世の私だったら考えられないけど、そこは現世は侯爵令嬢。着替えさせてもらって当たり前よね。もう恥ずかしいとも思わないわ。そもそも、悪役令嬢だからかしら?仕様で見た目もうっとりするほど美しいしね。


そのままベッドに入ると、身体が眠りを欲してそのまま眠ってしまったわ。それだけ疲れていたのね。きっと。温かいふっくらとしたお布団が嬉しいわ。





◇◇◇




「おぼっちゃま、なんですか、あの体たらくは、しかも『溺愛することにした』とか打ち合わせと違うじゃないですか」


子供の頃から世話をしてくれる執事、セバスチャンが分かりやすいほど大きなため息をつく。


分かっている。だが、分かって欲しい!あれだけの美女を目の前にして、『愛すつもりはない!』なんて断言できない!


アドリアナ・ノヴァーク公爵令嬢。艶めくサラサラとした黒い髪。人を惑わす様なダークグレーの瞳。すらっとした立ち姿。旅装束だったため、簡易的なドレスではあったが、それでも気品と威厳を感じさせる美しさに、思わず見惚れてしまった。この世にこれほどまでに美しい人がいるのかと……。


「もしやアドリアナ嬢は天使の生まれ変わりか?」


「はぁ?」

執事のセバスチャンの顔が引き攣るが気にしない。そうだな、天使如きのはずがない!


「そうだな!きっと女神だ!あれだけの美女だ、この世に降りたもう女神に決まっている!」


「……ラデク様は脳みそまで筋肉になったようですな!」


「……………………」


そうだな、セバスチャンはもう年だ。じじいにはあの美しさは分からないらしい。気の毒に。


「なにやら不快な気配がしますな!」


コホンと咳をし、ジロッとこちらを睨むセバスチャンを無視することにした。


失敗ばかりした結婚式に、俺は羞恥から部屋へと逃げ込んだ。部屋と言っても自室ではない。執務室。つまりお仕事をする部屋だ。


俺のシシツは3部屋の続き間になっていて、間には夫婦の居室がある。残念ながらアドリアナ嬢は夫婦の居室にはいることはない。妻の部屋にも入らない。彼女は、とてもとても残念だが客室だ。それは仕方ないことだ。とても悔しいし、残念だし、悲しいし、本当に本当に残念だけど、仕方ないことだ。


大きくため息をついて、ソファから身体を起こす。今までは恥ずかしさから、執務机に前にある長ソファへ倒れ込み、顔を突っ伏していた。


「しかし、噂通りの方でしたな」


「セバスチャンもそう思うか……。俺もそう思った」


アドリアナ・ノヴァーク公爵令嬢は有名人だ。俺の領地ベドナジークは王都からかなり遠い田舎だが、それでも彼女の噂は耳に届いていた。


「しかし聞いていた以上に美人だったな」


「ヴィドラ王国の至宝と言われるだけはありますな。立ち姿は百合の花の様に清楚で、お顔立ちは大輪の薔薇より華やかで、あの様な粗末な衣装に身を包んでいても威厳がございました」


「お……お前、詩人だな⁉︎」


セバスチャンの意外な一面を見た‼︎しかもお前……頬が少し赤いぞ⁉︎じじいも惑わす美貌の持ち主アドリアナ嬢!お……恐ろしい!


「ああ、せっかくの結婚式なのに、あんな衣装で……しかも到着後すぐ挙げるなんて、嫌われただろうな……」


「相手にされていませんでしたがな」


キッと睨んだらセバスチャンの視線が斜め上に逃げた。

言われなくても分かってる。俺みたいな野暮ったく、女性の気持ちも分からず、熊みたいな男は王都に住む貴族の令嬢に相手にされるわけがない。


「晩餐は一緒にするんだったな?」


「ええ、くれぐれもお気をつけください。ラデク様は仮初の夫なんですから」


俺は頷くことで返事をした。ああ、でもあれだけの美しい人と食事ができるなんて、それだけでも生涯の自慢になるだろう。

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