オフ会行ったらタヌキが来た

桐生甘太郎

オフ会行ったらタヌキが来た





僕には、親しいTwitterのフォロワーさんが居る。そして彼女は。そう、彼女は。唯一僕と会話をしてくれる、女性のフォロワーさんだ!


とは言っても、もちろんネット上の付き合いだし、顔も見えないんだから、「女性」という言葉だけでは、インターネットで信用していい事など何もない。


僕がつぶやく「おはよう。これから仕事です」などに、彼女は時たま、起きた時間が重なったりしていたのか、「行ってらっしゃい!」など、絵文字付きでの返信をくれた。


彼女は絵文字が好きなのか、色々な絵文字を使うけど、食べ物も好きなようで、目玉焼きやベーコンの絵文字を朝に添える事は多かった。でも、女の子には珍しく、あまり甘い物の絵文字は使わないみたいだった。


あまり写真をアップロードしない人だったので、「ごはんを食べました!」や、「小川のほとりで、お散歩の合間に休んでいます」など、文字だけのツイートがいつもだった。まあ、女性が今居る場所の写真をツイートするのは、危険だとも言える。


彼女は名前を「たあさん」と言い、いつも可愛らしいツイートで僕の気分を和ませてくれていた。


そんな彼女と僕は、なんと、「オフ会」をする事になった。しかも、二人きりで。




オフ会。もちろん僕は、「おそらく女性と思われる方」が来るなら、そりゃ嬉しい。少しは「いいな」と思っていた訳だし。しかし、彼女は「東京に行くのが初めてなので!」なんて言って、ダイレクトメッセージではしゃぎ、時間は夜を指定されたのだ。


もちろん僕は心配した。以下が、その時のやり取りだ。



もにょ たあさん、女性がいきなり東京で深夜に男性と会うなんて、二人きりなんて、ちょっと危なくないですか?僕が変な人だったら、どうするんですか?


(「もにょ」は僕のアカウント名だ)


たあ え、もにょさん、変な人なんですか?


もにょ いえ、僕は「違う」とは答えられますが、変な人が「自分は変な人ですよ」とは言わないですし…


たあ 違うなら、いいじゃないですか!いつもご挨拶してますし、実際に会ってみたくて!それに、もにょさんのお顔は存じていますし!


(僕は一度だけ自分の学生時代の写真をアップロードした事があった)



僕はその後も食い下がって、「昼間にした方がいいのでは」とも言ったが、「大丈夫ですって!それに、お昼はお母さんと会う予定があるんです!」と断られてしまった。


母親と会うと言うなら止める訳にいかないし、彼女も一応大人なんだろうから、“まあ大丈夫だろう”と思う事にして、僕はオフ会の日までを、だらだらと、そしてどこかそわそわと待った。





やってきたのは、秋の夕暮れ。


僕はせっかちなので、友人との予定などで早く出てしまう方。待ち合わせは夜の7時なのに、新宿に1時間半も早く着いてしまった。


「レコード屋でも行くか…」


音楽ファンでもある僕は、新宿の有名レコード店をちょっとふらふらと回って、それから、カフェでカプチーノを飲んだ。


温かなカプチーノのカップが、とっぷりと暮れた夜の窓ガラスに白く映り込む。室内の景色を反映した通り沿いは、人々が急ぎながら歩いていた。


“そんなに急いで、一体どこへ行くんだろうな。僕も…”


ふと感傷的になってしまう、肌寒い秋の日。でもその日の僕は、「初めての人と会う」という楽しみがあったのだし、飲み終わって頬杖をつくのはよして、すぐに店を出た。



行き先は、ちょっとお高いファミレスだ。僕のお給料ではファミレス程度の会計しかご馳走出来ないけど、相手は女性なんだから、尚更高い店にする訳にはいかない。もし「割り勘にしましょう」なんて押し切られたら、彼女に負担が掛かってしまう。東京に出てくる交通費もあると言うのに。


色々と、僕はもうすっかり相手の事を「女性」と思い込んで、頭の中で段取りを考えながら、店の前に着いた。


ダイレクトメッセージで店の地図を送ったし、彼女からも、「これから向かいますので、よろしくお願いします!」と、25分前にメッセージが送られてきていた。


緊張して、どんな人か、どんな格好なのか想像していても、やっぱり僕は俯いてしまっていた。


僕は、あんまりモテない。だから、いくら親しいフォロワーとはいえ、印象が良くなかったらと思うと、前を向いて彼女に会おうなんて、思えなかった。


そうして街燈の灯りをザラザラと返すコンクリートを見るともなしに見ていた時、とたたたたっと、軽い足音が近寄ってくるのが聴こえてきた。僕は思わず、思い切り顔を上げてしまった。それに驚いたのか、彼女は「きゃっ!」と小さく叫んだ。


目の前には、物凄い美人が立っていた。彼女は、びっくりした事に照れているのか、ちょっと笑っていた。


雑踏の向こう側に街燈が立っていて、逆光になった彼女の輪郭は、とても細い。でも頬はぷっくらとつやつやしていて、意外な事に、お化粧をしていないように見えた。それとも、ナチュラルメイクかもしれないけど。僕にはそれは分からなかった。


ぱっちりとどこか頼りない大きな目。困っているように下がった眉。ちょっと尖った小さな鼻と、控えめで薄い唇。豊かでふわふわの、ブラウンの髪はミディアムというのか、肩にはつかないほどの長さに伸ばしてある。美人だった。


彼女の服装は、長袖のシフォンブラウスに、少し広がった、バレリーナのように布地の重なっている黄色いスカートだった。スカートには、動物の尻尾のようなフェイクファーのアクセサリーが付いている。足元は、もう秋だと言うのに、まだサンダルだった。


それから彼女は、前髪を枯れ葉のようなピン留めで止めていた。“秋らしい装いだな”とは思ったけど、まったく枯れ葉にしか見えないリアルさで、最初は少し驚いた。


「あ、あの…」


僕は彼女を見て、いっぺんで口が利けなくなってしまった。だって、本当に女の子で、こんな美人だなんて、聞いてない。


“うっそだろ!?”


そう叫びたかったのに、「え、もにょです…」と言う事しか出来なかった。


「もにょさん、初めまして!初めまして、なのかな?いつも喋ってるし、なんか変な感じですね!じゃあ、お店に入りましょうよ!」


「えと、はい…」


すっかり情けない返事しか出来なくなる程僕は縮こまって、彼女の腰に下がる尻尾アクセサリーがぴょこぴょこと揺れるのを見詰めながら、僕はレストランに入って行った。




“高価格帯を選んで正解だった”


いくらファミレスとはいえ、値段が高い店は客層が良くなるので、そんなにうるさい客は居ない。新宿だからみんな少し気は大きくなっているが、ギャーギャーと叫び続けているなんて事はなかった。


僕達の席は、一番奥まった窓際のボックス席だった。もちろん僕は奥側に彼女を通して座る。


注文は済んで、たあさんは目玉焼き乗せハンバーグ海老フライ付きプレート、僕はジャンバラヤを頼んだ。


“でも…こんな美人に、僕がどんなお話をしたら…?”


不安になった僕は、“まずは出されたお水を飲んでいるのだ”という振りをしていた。そこへ、早くも彼女がこう話しだす。


「もにょさん、今日何されてたんですか?土曜日ですよね?あ、そのお荷物の、お買い物ですか?」


僕は手にレコード袋を提げたままだったので、“話題があって良かった。あまりマニアックな話をしないようにしないとな”と、話し始めた。


「ええ、ちょっと早くに新宿に着いたので、ディスクユニオンでレコードを買っていたんです」


すると、たあさんが首を傾げる。


「え?レコード?」


「はい、音楽の…」


その時僕は、ちょっと考えつかない台詞を聴いた。たあさんは首をさらに捻り、顎に指を当てる。


「レコードって、なんです?」


「えっ…」


僕はその時、“今はレコードの流行りが戻り始めているとまで言われているのに、やっぱり知らない人も居るんだな”と思った。でも、そこまで不審な事でもないので、説明をする。


「ええ、これをプレイヤーにセットして、音楽を聴くんですよ」


そこでたあさんは飛び上がって驚く。


「えっ!?音楽って、そんなに小さいんですか!?」


“ずいぶん世間知らずな人なんだな?ちょっと変だけど…珍しいなあ”


「ええ。記録媒体ですからね。楽器とは違って、小さく済みます」


「へえ~そうなんですね~」


そこでたあさんはやっと席に体を収めてくれて、大いに感心した様子で、しばらく「ほお~」など、溜息を吐いていた。


僕は、一つ一つ新鮮に驚いたり感心したりしてくれる彼女の様子に、はっきり言って夢中になりそうで怖かった。でも、“いやいや、初対面なんだから、失礼な真似はよさないと”と、真摯であろうと努力した。



僕は、いい歳をして恋愛をした事がほぼない。今は23歳だけど、女性とのお付き合いなんて生まれてこの方した事がなかった。だから、女性との会話自体が珍しいのだ。


そんな男を新宿くんだりまで引っ張ってきて、美人な女の子と会わせてみろ。そりゃあ興奮してしまうのも頷いてもらえるだろう。



でも僕は、美人だからと言ってこちらを見下したりなどしない彼女に、少し緊張を解く事が出来て、今度は自分から話し掛ける。


「たあさんは、何してたんですか?お母さんに会いに行かれたとか?」


そう言うとたあさんは、「ええ!」と大喜びで笑ってくれた。その時の笑い顔があんまり可愛くて、本当なら僕は、その後の話を記憶しておくのが大変だったかもしれない。


でも、僕は幸いにか、不幸な事にか、たあさんの話にすぐに齧りつき、真剣に聴いた。彼女はちょっと俯きがちにこう話す。その表情は、少し辛そうだった。


「お母さん…もう歳だから、「一度会いに来て」って言われて…それで、お野菜とお花を持って訪ねたんです…“年を取ってちっちゃくなっちゃったな”って思うと、ちょっと辛いけど、会えて嬉しかったです」


その話を聴いて、僕は迷ったけど、一言置いてから、この集まりの事を話した。


「そうですか…僕も、母さんがもう66歳だから、心配です。会えて、良かったですね…でも、そんな日に僕と会うなんて、良かったんですか…?」


僕は、たあさんの話を聴いて、こう思った。


“少しでも、お母さんの傍に居させてやるのがいいんじゃないか”


でも、たあさんはすぐに笑顔に戻って首を振る。


「大丈夫ですよ。お母さんだって子供じゃないし、それに、ご飯を食べたら帰れますから!今日はお母さんのうちに泊まるんです!」


「そうですか…」



そんな話をしていた後、僕達の食事が運ばれてきたので、僕達はちょうどTwitterの話も始めた事だし、共通のフォロワーなどの話もした。しかし、僕は途中から、何かが気になるような気がしていた。


何が気になるのか気づいた時、僕は声を上げそうになったのだ。


たあさんは、とても可愛く喜びながら、目玉焼きを口に運んでいた。彼女の様子は、男ならみんな見ていて喜ぶだろう。だが、先に食事が済んで手洗いに立った僕は、見た。


彼女のスカートからはみ出たフェイクファーが、座っているソファの上で、ぱたん…ぱたん…と、まるで生き物のように動いていたのだ。


“えっ?いや、見間違いだろ…姿勢正したからとかだって!”



僕は見つめているのが怖くなって、目を逸らした。でも、尻尾のような形をしたフェイクファーが、合皮のソファーカバーをぱたん、ぱたん、と叩く音は聴こえ続けていた。


トイレで手を洗っていた時、僕は不意に、テレビで紹介されていた面白グッズを思い出した。そして、自分を説得しようとした。


“今時の、「心拍に応じて動く」ってやつだって!きっと、そういうのが好きなんだよ!だから…変な事なんてないって!”


席に戻った時、彼女に悟られないように様子を確かめようとして、何気なく表が見える硝子を覗いた。室内の様子しか映らない程、外は暗かったからだ。その時僕は、今度こそ叫んだ。だが、なんとか出来るだけ小さくした。


「わっ…」


小さな叫びだったが、それは“たあさん”に聴こえたのか、彼女は「ふん?」と鼻から声を出し、顔を上げる。


僕は動揺を収めるのに精一杯で、しばらく俯いて片手で口元を隠した。“唇が震えているのがバレたら、食われるかもしれない”と思ったのだ。


むぐむぐと口を動かしていたたあさんは、最後のライスを飲み下してから、こう聞いてきた。


「どうしました?」


「あ、いえ…なんでもないです…」


「はあ」


たあさんは食事を終え、お腹をさすってこう言った。


「良かった、冷めちゃう前に食べられて」


そこで僕は、“冷めた料理は不味いという知恵はあるんだな”と、人間に対してとは思えない事を考えた。だって、彼女は人間じゃないからだ。


ぱたぱたと揺れるフェイクファー。どう見ても枯れ葉にしか見えない髪飾り。そして、ガラスに映った、小さな狸がハンバーグにうきうきと体を揺らす姿。


見間違えなんかじゃない。だって、外にはソファーなんかないし、そこに座ってフォークとナイフを操る狸なんて、居るはずがないのだ。


“ダメだ…どう考えてもこれ、化かされてる…はあ~、こんな事本当にあるのか!?でも、ガラスには狸しか映ってないし…”


何度店のガラスを見直しても、美人なたあさんの姿はなく、テーブルから小さな狸が頑張って身を乗り出していて、やがて狸はカトラリーを置いた。




食後、たあさんはもじもじと黙っていたので、僕は、“ずるいかも”と思いながらも、彼女の正体を探ろうなんて思ってしまった。そこで、こんな言葉を彼女に掛ける。今度も、前置きを置いて、自然に見えるよう演技をしながら。


「あの、たあさん…って呼ぶのも、なんかあれで…あ、でも、嫌だったら言わなくていいので!」


「はあ…なんでしょう?」


たあさんはまだ何も警戒せず、こちらに少し首を伸ばす。


“うう、大きな目が可愛い!”


「あの、本名、とかって…」


なるべく申し訳なさそうな顔に見えるように表情を作り、僕は肩を縮めた。


するとやっぱり、たあさんは途端に困り出した。でも彼女は、それをあまり隠そうとしていない。ただ躊躇っているだけのように見えた。普通の人の反応だ。それで僕は、こう考えていた。


“狸なのに、インターネットで知り合った人に名前を教えないのが当たり前というのは、知っているんだな。まあ、Twitterにもちょくちょくそういう話は出るからな。それに、本名は「タヌキ」なんだから、言えないだろう”


でもたあさんは、上目がちにこちらを見て、おずおずとこう言った。


田野貫たのぬき、くれはです…」


“いや嘘だろそれ!”


名前を名乗る前、彼女はちらっと目の上にあるピン留めを見て、自分の胸に手を当てていた。つまり、“田野貫くれは”は、“タヌキ”と“枯れ葉”から取った、デタラメな名前だ。


“でも、どうする?「そんな名前は嘘だ」なんて、言っても「本当です」と言い張れる…何か他に…”


僕がそんな事を考えていたら、“田野貫さん”は、お水を飲んでから、ほうと溜息を吐いた。そして、こんな話をする。


「でも、びっくりしました。まさか、名前に興味を持ってくれるなんて、思ってなかった…」


「え、ええ…」


気まずい気分で僕は返事をする。答えにくい質問をして、彼女の正体を暴こうとしたのだから。それに、今度は僕が聞かれる番だった。


「じゃあ、もにょさんの本名も…もしかしたら、教えてくれますか…?」


僕はその時、彼女に目を見張った。


彼女は、ちっちゃな肩を一生懸命縮めて、俯いて目線を落としている。前に垂れた髪に隠れてはいるものの、彼女の頬を覗き見ると真っ赤っかで、明らかに彼女が照れている事が分かった。


“いや!でも!狸だぞ!?”


僕は、何も名前を教えても危害なんかなさそうだと分かっていたが、ちょっと戸惑った。だって、彼女は僕の名前を知るのを心待ちにしていて、期待で頬を染めているのだから。


“もしかして、僕…狸に恋された!?”


焦りと不安で変な冷や汗が出そうになったが、僕にはもう、選択肢はあるようでないものだった。


緊張し過ぎた僕は、音を立てないようにしながらも喉の調子を整え、ついに名乗る。


松山まつやま敏夫としおです…」


そう呟くと、彼女は分かりやすすぎるほど大喜びし、息を胸いっぱいに吸い込む。でも、叫んだりはしないで、やっと息をするためみたいに、声を絞り出した。


「松山、さん…いい名前ですね…」


僕はその時、ぼんやりこう思った。


“松なら山にいっぱいあるだろうからな。故郷を思い出してるのかも…”


でも、あんまり彼女が喜んでくれるものだから、僕はもう、ガラスに映った彼女の姿を確かめる気になれなくなった。


“もしかして、本当に僕の事、好きなのかな…”



僕達は、日々やり取りをして、彼女はいつも笑顔の絵文字を送ってくれた。僕も、彼女の事を「いい子だな」と思っていたから、出来るだけ優しくしようと思っていた。その気持ちには、今でも嘘偽りはない。と思う。


「友だちと遊んでたらはぐれちゃった〜!」と、泣き顔の絵文字付きで呟いていた彼女に、「大丈夫ですか?」と事情を聞きに入った事もある。結局その時は、「最後に友だちが居た所に、戻った方がいいですよ」なんて、効くのか効かないのか分からないアドバイスをしていた。


“そういえば、あの時どうしたんだろう。狸の行動範囲なんて分からないからな…”



“田野貫さん”のツイートに食事の写真がなかったのは、食べる物が人間の物じゃなかったからだろうし、風景写真がアップロードされなかったのも、それが山の中だからだろう。彼女は今日、東京に移り住んでいた、母狸を訪ねたのだろう。



“でも、僕に向かってこんなに優しくしてくれているのに、そんな事を気にするべきだろうか…?”



僕達はその後、時間も遅かったので、「帰ろうか」という話になった。でも僕は、スッキリしない気持ちを抱えていて、彼女に言いたい事があった。


だから、彼女の遠慮を押し切って会計を済ませ、店の外に出た時、迷っていた。


“勇気を出さないと…でも、本当に言っていいんだろうか…?僕達には、越えられない違いがあるのに…”


その時、“田野貫さん”が振り向き、僕に笑ってくれた。そして、こう言う。その声は、通りを走る車のエンジン音に、少し掻き消されていた。


「また、会えるといいですね」


自動車のヘッドライトが行き交う、チープな夜の街に、その言葉はあまりに清く響いていた。


僕は、「ええ、是非」と言った。その時には、迷いは少し薄れていた。




家に帰って布団に入ってから、色んな事を考えていた。でも、僕はこんな風に考えた。



“親しい友だち以上になれない違いがあっても、僕は、彼女にまた会いたいな…”


眠る前にちょっと照明を落としただけの部屋の天井は、薄赤い常夜灯に照らされ、ぼーっと光った。


“狸でもいいなんて言わないけど、僕と彼女が親しい友人同士になったのは事実だと思う”


仰向けになっていた僕は、自分の片手を天井に向かって差し上げ、自分が人間の姿をしている事を確かめた。でも、そうしていても、あまり安心はしなかった。


“タヌキさん、僕に気にして欲しくて、美人に化けたのかもしれない…”


そう考え掛けてしまった時、僕は思わずがばりと横向きになって布団を抱えた。


“いやいや!それは俺に関係ないだろ!きっと、落ちてた写真とか見ただけだって!”


狸がどんな風に化けるのかなんて知らないけど、とりあえず、化けた狸にいつも邪な理由がある訳じゃないのは知った。かもしれない。


“それにしても…可愛かったな…今は、お母さんと一緒か…”


僕はもちろん、いつまでも彼女と過ごせるなんて考えて居なかったし、次に会う時が来るのかも分からなかった。でも、ほんの少し、前とは違った楽しみが出来たのが嬉しくて、東京のどこかの林で、親子の狸が丸まって眠っているのを想像していた。



そしていつの間にか僕も、眠ってしまっていた。





おわり

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