三度目の片想い

sosu

第1話

僕は幼いころから普通の男だった。

体重も身長もずっと平均ぴったりだったし、運動神経もそこそこ。

かけっこでいつも3、4番だった。

テストだっていつも平均のちょっと上くらいで、苦手教科がなければ、得意教科も特にない。

良くも悪くも目立たないやつ。


それが僕。


そんな普通な僕は今までの18年間の人生の中で3回恋をした。


一回目は幼稚園のとき。

幼稚園の先生だった。

笑顔が素敵な先生で、他の先生は良くも悪くも目立たない僕を気に掛けることは少なかったが、その先生はたくさん話しかけてくれた。

よく後をついてまわったり、絵本を読んでもらっていたのを覚えている。

そんな淡い僕の初恋はその先生が同じ幼稚園の先生と結婚して転勤していったことであっけなく幕を閉じた。


二回目は小学3年生。それは隣の席になった同級生。

明るくてとってもかわいい子で、小学生ながらにもモデルの仕事をしてるらしかった。

彼女が転校するらしいと聞いて、想いだけでも伝えようと決意した。一晩中考えて書いた手紙を彼女が登校する最後の日に机の中に入れておいた。

翌日に教室のごみ箱に捨てられた手紙を見たときは悲しみやら恥ずかしさやら

これがトラウマになってしばらく恋ができないでいたりした。


そして三回目。

高校一年の時に同じ委員会になった男子生徒。

僕にとって初めての、普通ではない恋だった。

彼はクラスでも明るくて人気者で、男女問わずに優しい人。

放課後にあった参加任意の委員会の仕事で友達の遊びを断って僕と二人きりで仕事をしたのをすごく覚えてる。

帰ったって誰も文句は言わないのに

あの日はこの時がずっと続けばいいのにと思っていた。それでも時は無情に過ぎて、委員会もばらばらになって、話す機会が少なくなって、クラスが変わって、会うことすらなくなった。

それでも意気地のない僕には告白なんてできなくて。

遠くから眺めてるだけで満足してる僕がいた。

それさえも終わる、卒業の時が来た。


卒業式の日。

漫画なんかでよく見る、桜の木の下で告白、なんて定番は滅多に起こらないんだなぁと思った。

僕だってする勇気がないんだから何も言えないけど

卒業式が終わった教室は皆が打ち上げに行っていて、誰もいない、ひどく静かで淋しい空間だった。

何もできなかった僕は、ひとり、彼の教室で、彼の席に座って窓の外を眺めていた。

自分の教室でもないのに居座ってたら変なやつだと思われるけど、幸にも今は僕一人。

最後だから

このままでいさせて

平凡な僕には、これだけでいい。

これ以上望まないから








「あ、やべ」

鞄を漁るとやっぱりない。

卒業証書。

卒業式に卒業証書忘れるなんて、自分でも呆れる

「わりぃ、教室に卒業証書忘れた。ちょっと取って来るから、先行ってて!」

いつものメンバーにそういって走り出すと、後ろからばかやろー、だの、ダッシュで行ってこーい、だの、からかう声が聞こえる。うるせー、ちゃんと急いでるし



思ったよりも遠かった学校は誰もいないのか静かで、廊下を歩いていたら言い表しようのない寂しさに襲われた。

あーー、ださっ…

最後のホームルームでも泣かなかったのに

涙を袖で雑に拭ってさっさと取ってカラオケに行こうと思って教室に足を踏み入れた。

そこには窓際の前から三番目の席で外を眺める人影があった。

それは俺の席。

うちのクラスのやつじゃないと思って思い出した。

一年の時に同じ委員会だった桐岡だ。

確か三組だったような…?

普通残るなら自分のクラスじゃないかと思う。

俺に気づいてないのか、ひじをついて外を眺めたままの桐岡に声をかける。

「なぁ、ごめん、そこ俺の席」

本当に気づいてなかったらしい桐岡はひどくびっくりして、変に慌てていた。

別にやましいことがあるわけじゃあるまいし

何か事情があるのかと思い、邪魔をしないようさっさと要件を済まそうと口を開く。

「卒業証書忘れちゃってさ~ 机ん中、入ってない?」

俺が机を指さして言うと、ハッとして慌てて引き出しを確認した。

「あ…、もしかして、これ…?」

桐岡が卒業証書入れを引き出しから出して言った。

「あーー、それそれ、さんきゅーな」

俺が手を出すと桐岡がその上に卒業証書入れをのせて、

「……あの!」

手を離す前に勢いよく言った。

声をかけられて驚いた。

桐岡は人と必要最低限の会話しかしないようなやつだと思ってたから。

多分、桐岡から話しかけられるのはこれが初めて

「しゃ、写真…、撮ってくれませんか…、」

「写真? いいよ」

何を言われるかと思いきや、写真を撮ってくれだなんて

声をかけられた時の勢いがすごかったものだから何かたいそうなことを言われるのではないかと身構えたが、内心拍子抜けした。

「ここで良いん?」

自分のクラスでもないのに、ここで撮るのか?

そう思って言った言葉だった。

「うん。ここでいいの」

桐岡の表情にどこか懐かしむような、そんな気配を感じた。

なんで、とは聞けなかった。

聞いてしまったら、「何でもない」と言わせてしまうような気がして

「そ、っか…、じゃあ、撮るよ?」

「うん」

桐岡は笑っていた。美しいほどに

それなのに何故か切なく残るものがあった。

「ありがとう。撮ってくれて」

「あ、あぁ」

携帯を受け取った桐岡は嬉しそうに微笑んで写真を見ていた。

「ほんとうにありがとう。大事にするね」

そんな桐岡を呆けたように眺めていた。

「帰らなくていいの? 急いでたように見えたけど」

桐岡の言葉で我に返り、ここに来た要件を思い出す。

俺は目当てのものを持っていることを確認して走り出す。

教室の出口に走りながら片手をあげて桐岡に別れを告げる。

「そうだった!じゃあ、……元気でな!」

「うん。元気で」

手を小さく振る桐岡の姿を見届けてから教室を出た。








彼が見えなくなってからおろした手を胸の前で軽く握った。

「さようなら。僕の好きな人」

僕はまた、失恋をした。








下駄箱を走り出て、オレンジ色の空が目に映り、自然と足が止まる。

先ほどの切なさが胸にじわじわと浸透していくのがわかった。

さっきのこの気持ちは窓に映る空のせいだったのかもしれない。

オレンジを反射する窓にカメラを向けた。

それは俺がさっきまでいた教室。桐岡がまだいるはずの教室。

どうしてかはわからないけど、この日を、この気持ちを、忘れてはいけないような気がした。


カシャ、


俺が撮った写真には人影は写らなかった。








彼はもう行っただろうか

随分と急いでいたみたいだから走って行ってしまっただろう。

もう友達と合流してるかもしれないな

想いを告げることはおろか、会うことだって諦めていたんだ、話せたのは奇跡に近い。

彼の目には僕がどう映ったのだろうか

自分の席に座っていた変なやつ?

それともただの教室にいた同級生?

どんな形であれ彼の記憶に残ることができたならよかったのに

あの廊下で、階段で、彼が足を止めて振り返ってくれたら、一瞬でも僕を見てくれたら…、

そんな期待をする権利は逃げた僕にはない。

欲を言うなら彼の写真が撮りたかったけど。

これでこの恋はきっぱり諦める。

この写真の向こう側には彼がいるから。


写真を見返して、きれいな夕焼け空が映った窓に気が付いた。

この空はきっと僕らが同じとき、同じ場所で見た最後の空だ。




彼はちっとも気にしていないだろうけれど。

机のすぐそばの窓を開け、携帯を片手に身を乗り出してシャッターを切った。

撮った空は写真に写っていたときよりも上部が青みがかり、星がちらほらと見え始めていた。


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