第33話 最終話 町子の名代

垂水駅前開発工事の為、午前八時から大きいトラックが頻繁に行き交う道路だった。

 買い物帰りの子連れ層が多くその歩道で秀樹は食材のスズメを捕獲すべく罠を仕掛けて歩道へ鎮座していた。

 子供は二歳ぐらいと見た。

母親の方は、かなり疲れている様で・・・。


毎夜の夜鳴きで寝不足気味だと、見た目で判別できたぐらいに若い母親は、心ここにあらず。


と、言った幹二で足許も覚束ない危険な足取りをしていたから秀樹は幼児には罪はないと、何かあれば自ら駆け付けるつもりで、スズメの仕掛けを見ては、若い子連れの母親を見て足許を心配しながらスズメの囀りと雲雀の囀りとを聞き分けて歩道に鎮座していた。

 「寝不足やな。酸素が足りてないんやな・・・。」


即座にそう思う秀樹は自らが睡眠時無呼吸症候群だったからだ。


 母親の方は完全に顎があがり、連れている我が子を注視していなかった。


「オカンに付いとれよボウズ?」そう思った直後!


「ダアダアダー。」


案の定道路へ向かって走り出した!


「アカン!オカン!」


ススメの仕掛けを捨てて立ち上がり子供を助けようとした! 


 刹那プチッ! 

 

 若い母親が叫ぶ!


秀樹は歩道に座ったままで微動だにしなかった。

ギギーッ!

ドン! ガシャーーン!

グシャッ!

 子連れの母親の頭が潰れた! 


そこには見るも無残な子供の亡骸があった。


 変死した秀樹の引き取りは、町子にとっては、弥を切る程の悼みだった。


 来る日も来る日も黒檀の仏壇に向かい泣腫らした


「秀樹さんが亡くなられても町子さんの愛は変らなかったのだわ。それどころか、町子さんが亡くなられてその愛は変らずに町子さんの代わりに私が名代となって秀樹さんの魂を慰めていたのね・・・」


フッ!と、力が抜けた。


黒檀仏壇の呪縛が解けた様だった。


 力が抜けた拍子に藍の手足が戻っていた。


 しかし、身体が自由になっても藍の嗚咽は止まず周り縁を見上げて泣いていた。


 そこには黒い縁取りの徳永秀樹の遺影が飾られていたからだった。


 その時、垂水漁港から春を告げるそよ風が吹いて、藍の胸にぶつかり落ちて行った。


 両手で捕まえられるそよ風だったのに敢えてそれをしなかったのは、秀樹が藍の胸回りに甘えて纏わりついた様だったから急いで眼を瞑り秀樹を感じていたからだ。


 尼崎駅前はりまやビルのダケシコルは、相変わらず薄暗い店舗で時々、町子の魂が「忙しい忙しい。」


と言いながらフワフワと店内を巡り、展示中の黒檀仏壇を手入れするが如く仏壇の間隙を舐めるように飛び回っていた・・・。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダケシコル しおとれもん @siotoremmon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ