8.いってきます
わたしが目覚めてから、かなり長い時間が経った。何度か季節は巡り、頃は既に春。冬の寒さが溶け切って、すっかりあたたかな陽気になってきた四月だった。
そして、今日はわたしにとってかなり────いや、もうえげつないほどに大切な日だった。
今日は学校だ。
昨日から私は高校一年生。数多くのリハビリを終えたのち、いっぱい勉強して、おにいちゃんが通っていた学園に合格することができた。久しぶりの学校生活が楽しみだ。
だけど、いくつか不安もある。それは、先程とさっそく矛盾するようだが、これが久しぶりの学校生活であること、もうひとつは、わたしがみんなよりいくつかおねえさんだということだ。黙っていたらバレないものだろうか。ともかく、将来的にクラスメートより微妙に早くおばさんになってしまうことが、今のうちから酷くいたたまれなく感じた。
そんな不安も沢山あるけれど、それでもわたしは前に進みたいと思う。だって、昔、わたしにとっていちばん大切な人と約束をしたから。今もなお、あの言葉がわたしを突き動かす力の源になっているのだ。それが、切なくも、やはり嬉しく思えた。
わたしが玄関で靴を履いていると、その後ろでは、少しやつれた様子のお父さんが見送りに来ていた。ちなみに言うと、実家で寝込んでいたらしいお母さんの容態が回復したため、少し余裕ができたようだ。
そんなお父さんのどこか不安そうな視線を背に、わたしは玄関の戸を開ける。それと同時に眩い光が瞳孔を刺し、思わず私は目を細める。ああ、この感覚も酷く久しぶりな気がする。
そんな感慨に浸りながら、わたしは空を見上げてみた。雲一つない……なんて天気ではなく、ほどほどに雲が立ち込めた、まあ普通の天気とも言うべき景色が広がっていた。どうやら、世間的にはわたしの登校というのは大したニュースでもないらしい。こんな特別な日にも、社会はいつも通りにぐるぐると回っているのだ。
だがしかし、わたしは、それとはまた別にぐるぐると回っているものを空に見つけた。なんだろうと目を凝らす。
鳥だ。
翼は透き通るような真白で、体躯は巨大だった。
わたしは、その鳥にどことなく懐かしさを覚えていた。
その混じりけのない真摯な真っ白さも、頼りがいすら感じさせる儚くも大きな翼も、その全てを自然と愛おしいと思っていた。
「今日は幸先がいいな。よかった」
そんなぼやきを零す。
きっと、あの鳥は幸せを運んできたに違いない。
世界中を渡って、七つの海さえ越えて、たくさんの幸せをその一身に受けて、そして、ここまで旅をしてきたんだ。
「……なんてね」
わたしはなんてメルヘンチックなことを考えているのだろう。なんだかおかしくなって、頬が自然とほころんだ。
「どうしたんだ咲菜? ぼうっとして」
「あ、ごめんごめん」
どうやら、もう行かなくてはいけないみたいだ。
……ああ、この先には何が待っているのだろう。きっと、いいものばかりではない。ここからは、長いいばらの道で、いっぱい苦しみながら進んでいくことになるのかもしれない。
でも、きっとわたしは大丈夫だ。だって、わたしに大丈夫だって言ってくれた人がいたから。例え、その道の先に果てしない孤独しか無かったとしても、わたしは歩いていく。そんな勇気をわたしは得れた。だから、わたしは進み続ける。一歩一歩、着実に苦しみながらも、それでも、精一杯やってみせる。それが、わたしの生きる意味であり、幸せなのだから。
だけど、最後に……いや、この場合は最初か。ともかく言いたいことがあった。だから、わたしは玄関の方を振り返る。
そして、わたしはそれを言う。
わたしに幸せを分けてくれた全ての人への祝福として────
「────いってきます」
ワタリドリ 完
ワタリドリ 久原蒼羽 @hisahara_aoba
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