chapter15 勇者様のお嫁さん



 領館の書斎で、アオイ様は書類と睨めっこをしていた。全て、私が確認済みだが、最終決済は領主であるアオイ様がすべきだ。そう提言すれば、彼は素直にコクリと頷く。


 ――そんなの、文官がすべきだろう。


 元婚約者の声が響く。どんな形であっても良い。分権もまた重要だ。でも、最初から丸投げをして、責任を負わないのは別問題だ。為政者が、知らなかったでは済まされないのだ。


 そう指摘した時に、嫌悪感を示すダンデライオン。

 真っ直ぐに受け止めるアオイ様。


 二人の資質の違いに、私は思わず嘆息が漏れる。


 如何にアオイ様が、高等教育を受けたからといって、帝王学やこの国の法務は別問題だ。それを一から学ぼうとする姿勢は、本当に頭が下がる。


「いや、このゲームってこういう設定だったんだなぁって。プログラムを組むより、楽だしね」


 そう、この旦那様は楽し気に笑うのだ。


 アオイ様の【創造クリエイト】作業は、無から突然、有を生み出すわけではない。彼曰くプログラム言語で設計図を組み立ていく。感覚としては、大規模魔法行使のための、魔法陣作成に近いのかなって思う。


 時間をかけたプログラムも、一箇所でも綻びがあれば瓦解する。

 だから、デバッグ作業は必須なんだと、アオイ様は言う。


 白百合の剣然り。


 もし、アイリス姫に会えたら、彼女に捧げたいと。クリエイターモードで、ずっと作り込んでいたんだと。アオイ様はそう笑う。


 私には、正直、何を射て散るのか半分も理解できていなかったと思う。


 でも、アオイ様が、時間を惜しまずに作りあげた逸品の一つ、それがこの白百合の剣なのだ。

 正直、婚約指輪をもらうより、何よりも嬉しくて――唇が綻んでしまう。


(あ、ダメだ……集中しないと……)


 多重思考デュアルコアの副作用――。

 国に提出すべき、報告書を書きながら。雑念が走る。


 かぁっっ、と顔が熱くなるのを自覚する。


 副作用で、相手パートナーが欲しくて、仕方なくて。

 求めてしまう。


 まだ、正式に結婚式をあげていないと言うのに。

 歯止めがきかない。


 私は、13歳の男子を甘くみていたのかもしれない。

 滾る情熱は、収まることを知らなくて。


 熱。

 露。

 甘。

 汗。

 艶。

 奪。

 吐。


 気付けば、朝。

 言葉ではとても表現できないほどに。夢を延々と繰り替えすかのように、芯が熱くて。


「アイリスは今、何の作業をしているの?」


 そうアオイ様に声をかけられて、はっと我に返る。


「国に――父王への報告書です。ローズの宣誓書もつけています。あの聖堂決闘に偽りなし、と」


 そう言葉を紡ぐ。

 ダンデライオンは、ブロッサム騎士団が拘束をし、王都へ護送されることになった。迎えは、王弟ジギタリス・グロリー・フォン・リリー。軍務大臣と騎士団をこの度より統べるようになったのだという。


 騎士団を貴族組を流入させることにより、弱体化。そして、今度は統合。父王と対峙する最大派閥を作りあげたのだ。本当に、狸だと思う。


 何より、自治領ブロッサムの領境界線に、第3陸軍が待機しているとなててゃ、あまりにその意図が明け透けである。アオイ様の【マップ】機能で、その布陣まで掌握していたのだ。


 ――お前らに、白金貨1000枚の税金を支払えるワケがないっ!


 ダンデライオンの遠吠えが、未だに耳の奥底で不快に蠢く。

 でも、そうなのだ。金の問題は未だ解決していない。打開しなければ、この自治領の未来は無い。


 ――PC同盟プレイヤーユニオンとは相容れないってことで良いんだよね、橘君?


 寮館の前に連れ出されたワイズマンは、そう酷薄な笑みを浮かべる。

 アオイ様は答えない。


 ただ、私の手を繋いだ。

 それが、答えと言わんばかりに。


 ワイズマンは――エリカさんは、悔しそうに唇を噛みしめ。そして、顔を歪ませる。


 強風が吹き抜けて。

 砂埃が舞い上がる、その刹那だった。


 騎士達に拘束されていた、ワイズマンは最初からいなかったかのように、その姿が見えない。



「あははははは、ふふふふふ。あはははははっ」



 エリカさんの哄笑だけが響いて。


 ――あっちの世界に、一緒に帰りたいって言っても、もう遅いんだからね。


 その言葉が残響して。

 そして、最初から何も無かったかのように、静寂だけが残ったのだった。







■■■






「お姉様、これはいったいどういう――」


 書斎を開け放ったローズが、硬直する。


「どうしたの?」


 まぁ我ながら、ふてぶてしいと思うけれど。


「どうしたの、じゃありません! まず勇者様をその膝から降ろして差し上げて! 勇者様はお姉様に甘すぎです! それから、お姉様はメイクを直して。その首筋、とても面会ができませんわよ! 勇者様もですわ!」


 あぁ、やっぱりバレるわよね。つい我慢できなくて、アオイ様の首筋に痕をつけてしまったのだった。


「そんなことよりも!」


 と激昂する。ローズの血圧が高くならないか、心配だ。まぁほぼ私のアオイ様が原因ではあるけれど。


「ティエルス帝国の皇帝が、直接ご訪問って、これはどういうことなのですか?!」

「あら、意外に動きが速かったわね」

「……って、お姉様の思惑通りということですか?」


「そりゃ、もちろん。神馬が欲しいって、お手紙をいただいたから」

「売るんですの?」


 ゴクリと唾を飲み込む。そりゃ、そんな反応になるよね。馬の比じゃ無い機動力。技術を培えば、悪路もものともしない応用性。これほど軍事転用に適した技術もない。伝統を重んじる我が国は、邪道と鼻で笑うけれど。


貴男あなた様の信じる神と、私の信じる神は違うから。きっと乗りこなせません、そう帝国には返事したけどね」

「……それ、思いっきり喧嘩売っていません?!」


「そう? ちゃんと、自分の目で見聞の上、ご判断くださいませ、とも書いたけど? 努々ゆめゆめ、損だけはなさいませんように、って」

「それは、どういう――」


 私はアオイ様を抱きしめる。

 黒い髪。


 その髪は柔らかくて。

 まるで女の子みたいだ。


 頬も、肌も。指先も。艶があって。私とはまるで、違う。

 髪を梳く。


 今にも消えてしまいそうで。

 でも、その温度は確かに暖かく――て?


 アオイ様が私の顎を指先で引いて。

 そして唇を奪う。



 あぁ――魔力が循環するのを感じる。


「アイリスが言っていた、大勝負を仕掛けるって。今日のことだよね?」

「はい」


 にっこり笑って、頷く。


「ご心配なく。折衝――商談は私が。アオイ様は惜しみなく、技術をお見せください。しっかり、売り込んで見せますから」

「うん、分かった」


 とん。

 膝から降りて。

 それから、私に手を差し伸べる。


「行こう? 頼りにしてるからね、お嫁さん」


 アオイ様がエスコートしてくれる。その手に引かれながら。思考を巡らす。本当に、この人は。唇が綻ぶ。対等なパートナーとして、私を見てくれているのだ。


 心臓が今にもドクドク打つのが聞こえるくらい、緊張しているのに。

 アオイ様に手を引かれた瞬間、波が引いていくように、鼓動は穏やかで。


(行きますか、大勝負を仕掛けに――)


 私の後ろにローズが。

 アオイ様の後ろにサザンカが。そして、ラベンダーが続く。


 サザンカが、扉に手をかけた。

 ギギギと、少し軋んだ音を唸らせて。


 扉が開く。


 光が差し込んで。私が踏む影をかき消すぐらい、眩しくて。

 でも、手の温もりは消えない。

 むしろ強く、私を握りしめて。



 私達は、迷いなく一歩、前に進んで――私とローズは、カーテシーで一礼を。


「スクリプト」

 アオイ様は小声で呟く。事前に帝国式儀礼集を読み込み、インストールしていたのは僥倖と言える。


 アオイ様は、貴賓室で待ち焦がれる皇帝の前、膝をついて。

 で、歓迎の意を示したのだった。







 ▶第一章完結です。

 ▶仕様によりセーブはできません。

 ▶引き続き第二章「ワガママ皇女のお気に入り」をプレイしますか?




 パタパタと、青い小鳥が――アオちゃんが、私の肩に止まって、そうさえずいた

 

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勇者様のお嫁さん 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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