chapter14 デュアルコア(後編)


 智恵の賢者、ワイズマンの手から光が生まれる。


「アイリス姫が、いないからと思って来てみれば。こんなとこに引っ込んで、剣舞なんてね。鼓舞の剣舞を使うにしても、距離が離れすぎてるでしょう。やっぱり、貴女じゃ橘君は無理ね」


 ワイズマンはクスリと笑む。

 鼓舞の剣舞は、サムライが使用可能なスキルだ。私は取得していない。でも、ワイズマンがそう思ってくれるのなら、それは私にとって好都合だ。


 私は舞う。

 アオイ様とステップをあわせる。


 ズレた。

 網膜に投影された、アオイ様の映像を見ながら。どうしても遅れてしまう。


 ▶警告。メモリ占有率、90%を越えました。


 どうりで、と思う。投影された映像と、リズムがかみ合わない。誤差を加味しても、歩幅にズレが生じる。


『弱ぇぇよ【創造クラフター】! 何が、勇者だ! 何が旅人だ! クソが! 粋がってんじゃねぇ!』


 ダンデライオンが盾で叩きつけた。アオイ様は、もろに直撃して転がり回る。

 刹那、力を感じた。


 純粋な魔力の塊を、鳩尾にたたき込まれた。

 息が一瞬できなくなって――丹田に、力をこめる。アオイ様に合わせるように、私も転がった。


「バカなんじゃない?」


 ワイズマンが、蔑むように私を見る。


「たかが、ゲームのキャラクターが、橘君の隣で奥様ヅラして。バカみたい」


 私はふらつきながらも、起き上がる。

 ちりちり。

 網膜に写す映像がブレる。


 ▶プレイヤーキャララクター

 ▶智恵の賢者ワイズマン

 ▶杜若絵梨花かきつばたえりか

 ▶【旅人】のフレンド

 ▶フレンドはヘルプに応じ、現地の人間に扮して冒険に出る。


 アオちゃん、止めて。今はその情報はいらない。

 旅人――忘れようとしていた現実が、また思考に再生される。


 旅人は、いつか去る。いなくなる。足跡も残さずに。

 だから誰しも、旅人を懐柔しようと求めて。


 古代語で旅立つログアウト

 つまり、別の【旅人】に求められたらアオイ様は旅立ってしまう。


(イヤだ)


 なんてワガママなんだろう。

 理不尽な役目なら、これまで甘んじて受けてきた。だって私は、第一王女だから。

 過剰魔力病――魔素接続障害で、今まで苦痛なら、イヤという程受けてきた。どんなに繰り返しても、痛覚に慣れない。

 でも、その痛みなんか、どうでも良いくらいに。アオイ様を失うことの方が、何万倍も辛い。


「どんな気持ち?」


 ワイズマンが微笑む。


「橘君は絶対に勝てないよ。だって、レベルもパラメーターが違うもん。本当なら、フレンドにコールすべきだったの。助けを求める相手は、私。NPCノンプレイヤーのあなたじゃない」


 彼女は私の顎を掴む。目がかすむ。これがフリーズするということなのか。


 ▶警告。メモリー専有率、98%。間もなく停止します。


 ダメだ。膝に力がはいらない。体の力が抜けて――。

 視野に映るアオイ様の表情が、輪郭がボヤける。


 まるで、虫が這うように、その肌が「0」

 そして「1」で埋め尽くされて。


「フラグ立ててあげたんだから、感謝してね? 良かったじゃん、待ち望んだ婚約者様とのゴールだよ。祝福してあげるから。廃ゲーマーって言われてる私が知り得る、最高のバッドエンドだけどね。ほら、ちゃんと見ないと勿体無いよ?」


 ワイズマンは破顔して手を差し伸べた。その指先に光が灯って――点は線に。線は千に。線は幾重にも束ねられて、まるで花束。白い閃光。アオイ様から送られたネックレスに乱反射して。


 光が溢れてた。


 聖堂のなか、映し出されるのはアオイ様。

 そして、ダンデライオン。


 熱狂する群衆。

 苦々しく、聖堂決闘を見守るローズ。


 舞う砂埃。


 アオイ様が、猛進する大楯に吹き飛ばされた。

 私は、無意識にアオイ様の横に立つ。


「ははっ。ついに血迷った? それ、あくまで仮想映像ホロだから。ココに橘君がいるワケじゃないから――」


 ワイズマンの声が、フェードアウトしていく。

 用意されたフラグ?


 旗?

 運命?

 生まれた時から決まっていた血筋?


 私は白百合の剣を振る。

 空気がぶんっと震えた。


 映像のアオイ様の視線は、何一つ諦めていない。

 私だってそうだ。


 運命の赤い糸?

 出会ったのは偶然。

 でも、この後の運命は私の意志で結びつける。


 ▶対象マスターを確認。多重思考デュアルコアに注力。網膜投影を解除。メモリー急速開放が可能です。開放しますか?


「もちろんだよ、アオちゃんっ!」

「は、なに? ログが見えるの? しまった――システムログは煩わしいからって、スキップモードにしていた! ど……どうして……貴女が、システムログが読めるのよ?」

「だって。私も、登場人物の一人ですよね?」


 私は、とびきりの笑顔を浮かべていたんだと思う。

 ワイズマンはきっと、アオイ様のことが好きなんだ。同じように、私だって、アオイ様に生娘きむすめのように恋をしている。だから、彼女の気持ちが分かる。分かってしまう。

 この感情が焦げついたら、私だってどうなるか分からない。


 ▶メモリ占有率、27%。稼働、問題なし。シンクロ率、99%。

 アオちゃんが、私の肩に止まって告げる。


 アオイ様がステップを踏む。

 私もステップを踏む。


 ダンデライオンの突進を。

 ワイズマンの魔力塊を。

 私達は、まるで社交ダンスをするかのように、軽やかに躱す。


「まさか、遠視で多重思考デュアルコアをしようとしていたの? PCプレイヤーキャラだって、そんなの無理――」


 ▶シンクロ達成。リンクを確認。魔力循環ラインを確認しました。行動制限が発生します。シンクロアクションは必須条項です。


 これは、アオイ様と事前に確認をしていたことだ。同調化シンクロすることで、私はアオイ様の魔力回路を。アオイ様は私の騎士の技能を、時間制限はあるが無尽蔵に共有する。

 平たく言えば、私は魔力を。アオイ様は、剣技を共有シェアする。


 ――発動条件はアイリスと、同調シンクロすることなんだよね。ちょっと、難易度高いけど【シナリオ・夫婦は共に有り】の達成条件だから。よろしくね?


 にっこり笑うアオイ様。本当に狡いと思う。

 そんな笑顔でお願いされたら、絶対に期待に応えなくちゃって、思っちゃうじゃない。


(やるけどねっ!)


 だからこそ、聖堂で剣舞を演技していたのだ。会場である寮館前では明らかに目立ちすぎるのだ。

 でも、聖堂決闘のルールは破っていない。


 魔物使いテイマーが魔物を召喚するように。

 騎士団員が、破損した武器の代用を投げ放つように。

 妻が、夫にエールを送る。ただ、それだけの話なのだ。


「この映像をもとに、多重思考デュアルコアしていたってこと? それなら、映像を切れば――」


 でも、遅い。


「エンコーディング」


 私は手をのばす。床が崩れ、ワイズマンがバランスを崩す。


「は?! なに、これ。なんで、貴女が――」

「ハッキング」


 ワイズマンから伸びる影が、彼女の体を束縛する。


 ▶智恵の賢者、ワイズマンの技能スキルを一時的に、略奪しました。


『ふ、ふざけるな! こんなことが許されて――』


 映像の向こうで、ダンデライオンが吠えた。私は手をのばす。アオイ様も手をのばして。


「『エンコーディング』」


 その瞬間、大楯が、まるで砂のように溶ける。


 私は白百合の剣を。

 アオイ様は咬吧水仙ジャガタラスイセンの剣を握りしめる。


 ダンデライオンは槍を振り上げた。

 ワイズマンはありったけの魔力塊を私に叩きつけようと、魔力を練り上げる。


「『韋駄天』」


 私達は駆ける。跳ねる。駆け回って、そして翔んで。


「『旋風つむじかぜ』」

 アオイ様はダンデライオンの槍を。

 私は、魔力塊に、白百合の剣を突き立てた。






「ごめんね」


 私はワイズマン――エリカさんに囁いた。彼女は、大きく目を見開く。


「アオイ様の隣は絶対に譲らないよ」


 アオイ様の幸せを一番に考えられない人には、任せられない。他の誰にも、任せるつもりも無い。


 運命なら、きっとある。

 でも、運命の赤い糸を結びつけるのは――私の意志で。

 私だ。

(私なんだ――)






 だから――。

 私とアオイ様の剣筋が重なって。


 ステップを踏む。

 魔力の循環は、まるで口吻を交わすようで。


 剣を凪ぐ。

 槍を、そして魔力塊を――。







 私達は、寸分のズレもなく。

 斬り捨てた。

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