chapter13 デュアルコア(前編)


 聖堂のなか、私は一人佇む。

 目を閉じた。

 喧騒が聞こえる。


 閉ざされた聖堂のなかで、聞こえるなんて、普通に考えたらおかしな話だ。

 視野がブレる。

 砂嵐。

 砂、土。人の手。目。双眸。視線。熱狂。振り上げる手。


 ▶多重思考デュアルコアでの接続に成功しました。


(きつい――)


 もう息が上がる。

 意識を持って行かれそうだ。でも、ネックレスに触れて。白百合の剣を握り直す。


 喧噪が、鼓膜を突き刺す。

 音量を調整する。

 そう、時計の螺子を回すような感覚で。


 カチン。

 私の頭の中で、音が鳴る。

 音が収束して――。


 そしてこの瞬間、鮮明クリアに音声が響いた。


『逃げ出さなかったことは、褒めてあげよう』

『逃げ出す選択肢が、そもそもないでしょう?』


 聖堂決闘は、拒絶を許さない。それは、騎士。そして貴族の名誉をかけた決闘だ。そしてアオイ様は領主として、すでに貴族籍を得ている。悪いことに、立会人は侯爵以上か、聖女。ココには、聖女ローズがいた。聖堂決闘の条件が整っていた。


『ローズ姫。厳正な審査をお願いします。まぁ、審査しなくても【創造クラフター】に遅れは取りませんけどね』


『……最低としか言いようがありませんわ。姉と並ぶために、今は自分を磨くなんて……。同じ口が喋ったとは、到底思えませんね』


 こら、ローズ。立会人は私情を挟んだらいけないのよ? 幸いにも、群衆の歓声――領主様コールに、かき消されているけれど。こら、待ちなさい。誰がちゅっちゅっ領主様なのですか。アオイ様にそんな恥ずかしい二つ名は――あ、それは私のせいか。でもアオイ様、照れている場合じゃないですからね!


才媛さいえんの貴女には、ご理解できないでしょう。君主たるもの、妻より前に立たなくてはならない。怪物姫の伴侶は、もっと怪物でなくてはなら……』


 すっ。

 アオイ様が、その手に光が収束する。


「コーディング、【咬吧水仙ジャガタラスイセン】こちらも準備完了です」


 それは、身私の持つ白百合の剣と瓜二つ。色味が、赤という以外は、何ら変わらない。


 一方のダンデライオンは、ウインドスピア。穂の根元に、羽根を模した突起が備えている。刺さりすぎ防止の形状だが、ダンデライオンはそれで剣を捌いていくのだ。てこの原理で、剣を持って行かれたら、騎士は丸裸も同然である。


 私?


 槍という格好の乗り場がある。韋駄天で、穂の上を綱渡り。槍そのものを叩き折る。だが、彼の脅威は槍にあらず。アルトリッチ商業連盟製の無骨な大楯にある。ミスリルが混入された大楯は、敵の猛攻を全て防ぐ。ダンデライオンが【王国の盾】の異名をもつ理由の一つである。


「両者、誇りをかけて宣誓を」


 ローズの声が凜と響く。


「怪物姫は俺の女だ。俺が抱く。今ここに彼女がいないこと、それが何よりも真実だ」


「怪物姫という名を金輪際、言葉にしないでいただきたい。妻の名は、アイリス。貴男あなたが思うような、特別な存在じゃ無い。ただ努力を重ねて、頑張ってきただけの女の子だ」

「お前が妻なんて呼ぶなぁぁぁぁぁっ!」


 宣誓が終わる前に、ダンデライオンが槍でつく。アオイ様はかろうじて、避けた。息が漏れる。遅れて、開始の銅鑼が鳴った。

 その音まで拾って、耳が痛い。


 ▶集中力の低下。メモリ占有率、60%上昇。このまま進めば、リンクが切断されます。


 私は唇を噛む。今は意識を保つことに集中しなくちゃ。アオイ様のステップに合わせて、私は舞う。


『オートスクリプト、再生。対象、ダンデライオン』

『小賢しいっ!』


 ダンデライオンが吠えた。


 オートスクリプトは事前に学習させていたプログラムを起動し、自動再生させる。例えば、社交ダンスのステップのように。今回は、自然厄災・死霊王ノーライフキングと戦ったダンデライオンの動きをコピーして。


 本人の動きをトレースするのだから、相手はこれ程やりにくいことは無い。


 ただ、あくまで過去の動きの模倣。まして死霊王は集団戦レイド。今回は、個人戦あまりにも環境が違いすぎる。


『そうやって覗き見して。安全な所から、高みの見物。最後は、美味しいところをかっ攫って。本当に最低野郎だぜ、【創造クラフター】の野郎は、よ!』

 意識が雪崩れ込む。


(これは――)


 アオイ様の意識が流れ込む。


 見上げる。自然厄災・死霊王ノーライフキングが、私達をまるで赤子を――違う。まるで、蟻を見るように、むしろ見下ろしていた。


 骸骨の王がカタカタ、口を鳴らす。死霊王が、ニヤリと笑った。


(……死霊王ノーライフキング戦の映像?!)


 指示を聞かず、死霊王に突っ込んだダンデライオンは、意識を手放し横たわっていた。なんてバカなことを。誰かに説明してもらわなくても分かる。元婚約者は、功を急いだのだ。


 ローズが、錫杖をつきながらからおういて立つ。

 智恵の賢者、ワイズマンももう魔力が尽きかけていた。


 光が弾けて。

 アオイ様がその光から、吐き出された。

 吐血しながら。



 ――ログアウトできない?

 ――やっぱり、橘くんも?


 ――杜若かきつばたさんも、ログアウトしようとしたよね?

 ――セーブもできなかったよ!


 ――痛み、感じるよね。このゲーム、こんなにリアリティーあった?

 ――分からない! もう何もかも分かんないよ!

 ――ヤバいね。ログアウトできない、セーブできない、痛いし。目まいもする。でも……。


 アオイ様は、ぐびぐびと魔法薬を浴びるように飲み干して。もう一本、もう一本と飲み干していく。


 ――待たせたね、ローズ姫。

 ――私には、何が何やら。旅人の皆様の事情は存じ上げませんが。ただ、一つ言えることは……お姉様も、民も。私達の肩にかかっているということだけです。私は逃げられませんが、皆様はご随意に。


 こぽっ。

 またアオイ様が、血を吐いた。


 【創造クラフト】スキルを多用しすぎて、内臓器に深いダメージを受けていた。潜在魔力が低いのに、ダンデライオンや騎士団のために、創り過ぎたのだ。


 帰国した時、あれほど体にダメージを受けていたのも、納得だった。

 それなのに、アオイ様は微笑む。


 そうだね、そう呟く。

 死霊王が、声にならない声――怨念をこめた遠吠えを上げる。

 アオイ様は、頓着せずに言葉を紡ぐいだ。


 僕も、アイリス姫にもう一度、会いたい。

 寂しそうで、取り繕った笑顔なんかじゃなくて。

 もう一度、僕が笑わせたい。



 そんな声が耳の奥底まで、鳴り響いていて――。




 ▶集中力の低下、シンクロ率の低下を確認。Intelligenceインテリジェンスが3%低下。

 ▶Resistレジストも5%低下。メモリ占有率80%超過。

 ▶このまま進行すると、フリーズします。




 私は唇を噛む。


(……集中しなくちゃ)


 アオイ様が、網膜の向こう側で、ステップを踏む。

 同じように、私もステップを。


 剣を振る。

 私が早すぎる。

 落ち着いて。


 ちゃんと、て。


 できる、絶対にできるから。

 剣を振る。


 足を運んで。

 舞う。




 ギギギギギッ――。


 聖堂のドアが開く。

 そして、光が差し込んで。



 私は、目を大きく見開いた。






■■■





「アイリス姫、随分、面白いことしてるじゃない? 聖堂で勝利を祈願して、剣舞? ムダなことを」


 コツンコツン。

 足音が響く。


 智恵の賢者、ワイズマンが酷薄な笑みを浮かべていた。

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