chapter12 勇者様と奥さんと奥さんの元婚約者


▶シナリオ「夫婦はともり在り」が解放されました。





■■■






「どうぞ、おかけください」


 アオイ様はふんわりと笑む。すごい人だ、と思う。その物言いは高等教育を受けていることを物語る。それでいて、ここ一番の度胸を見せる。アオイ様はやっぱり、自然厄災・死霊王を討伐した勇者様なんだと、しみじみと思ってしまう。


 貴賓室ゲストルームには、帝国駐在官サフラン・エルクページュ、王国騎士所属、ダンデライオン。さらに各国の騎士2名が、唖然とした表情を隠せないでいる。


(まぁ、そうよね)


 私も、自分でソファーに座りながら、この居心地の良さに溶けそうになる。何より内装である。


 自治領ブロッサムは、夏は暑く冬は寒い。室温調節機能エアコンとともに、領館の建材はアオイ様の手によって【置き換え】られている。程よい風通し。石造りではなく、木材建築なのだから、目を疑った。でも、想像以上に過ごしやすいのだ。


「失礼します」


 ラベンダーがカートを押して入室してくる。これも、アオイ様の製作。広い領館、ラベンダーの負担にならないようにという配慮である。なお、保温機能つき、自動運転システムつき。ただ、イタズラに彼らを刺激する必要はない。


 ダンデライオンの視線が私に。すぐに、置かれたケーキに目移り――釘付けになる。


 別にもう彼に対して、どんな感情も浮かばないけれど。私に何か一言をかけるよりも、シフォンケーキなのかと思うと、残念でならない。まぁ、ラベンダーとアオイ様、そして私の共同製作だ。本当は彼らに出すつもりは微塵もなかったのだが。正直、間が悪いとしか言いようが無い。


「久しぶりだね、ラベンダー」


 ダンデライオンの声に、ペコリとラベンダーは頭を下げて、そして壁際に――サザンカの隣に立った。


「……この辺境での勤務は大変じゃないか? どうだい、王城に戻るように手配しようか?」


 言うに事欠いて、この男は。


 一つ、領主に歓迎された場で言うことではない。

 一つ、領主の歓迎された礼を先に述べるべきだ。

 一つ、降嫁したとはいえ、王女への敬意は示すべきだ。


「……」


 ラベンダーは口を噤む。それは当たり前だ。主君を差し置いて、ベラベラと喋るメイドがいるものか。ラベンダーは、王城のどの目途よりも、分をわきまえていた。


「良いよ、ラベンダー。自分の気持ちで、お答えしてあげて」


 そうアオイ様は言う。コクンとラベンダーは頷いた。


「……それでは僭越ながら、ご無礼をお許しください。私が仕える主君はアオイ・タイバナ様であり、アイリス奥様でございます。有り難いお話ではございますが、ご恩をアイリス様に奉公することで尽くしたいという想いは変わりません。ダンデライオン様、申し訳ありません」


 深々と、ラベンダーが頭を下げる。

 ダンデライオンは、そんなラベンダーを。そして、アオイ様を苦々し気に見つめていた。


「まぁ、まずは召し上がってください。アイリスと、ラベンダーが焼いたシフォンケーキです」

 にっこり笑って、そう言う。自分の名前を言わなかったのは、あえてなんだと思う。


 ▶マスターがアイリスと呼び捨てにしたことで、ダンデライオンのResistレジストが2%減を確認しました。


 おかしな話だ。

 婚約解除に真っ先にサインをしたのは、ダンデライオンだと言うのに。夫が妻の名前を呼ぶことに、異を唱えるというのか。


 私は、アオイ様を見る。

 完全に、ホストとしての役割に徹している。と、その目が一瞬だが、揺れたことに気付いた。

 見れば、私を。それからダンデライオンに視線を向けていた。


(もぅっ)

 場所が場所で無ければ、衝動的に抱きしめているところだ。


「あなた」

 私は、言葉を紡ぐ。


 意識して発した言葉に、耳朶まで熱くなるのを感じる。自治領ブロッサム再開発という命題のもと、忙殺されていた。でも、アオイ様と一緒に居る。同じ空気を吸って、手を繋いで。そして、口吻を交わす。


 その現実を噛みしめていた。


 彼が私を必要としてくれている。

 魔力だけじゃない。


 施策も。

 公文書製記載も。

 騎士団の運営も。

 アオイ様は、私の意見を聞いてくれる。


 ――女は子どもを産め。男を引き立てろ。貴族の子女を取り纏めよ。

 父王の言葉が、頭に響く。その言葉を溶かすように、私はアオイ様に手を重ねた。


「シフォンケーキ、食べましょう?」

「……そうだ――ね?」


 アオイ様が目を白黒させた。

 切り分けて、私が食べさせてあげたのだ。変な雑念を感じさせる余裕なんか与えない。


 貴方は、モノクロームな私の視界を、こんなにもカラフルに彩ったんだ。

 今さら、なかったことになんか絶対させない。


「呑気なものだ」


 ダンデライオンが、鼻で笑う。


「民は復興の最中、喘いでいるというのに、自分達はケーキか。亡国の王妃のように『パンがなければケーキを食べれば良い』とでも仰るつもりか」


 それは帝国に併合された小国の末期。王妃は、そんな言葉を残して断頭台で最後の時を迎えたのだ。


「異なことを仰いますわね」

「……聖女、ローズ」


 沈黙を守っていたローズに向けて、ダンデライオンは視線を向け、それからすぐに目を逸らした。


「騎士団員、ダンデライオン・アンダンテ様。貴男あなたが、アルトリッチ商業連盟からの客将であることは認識していますが、貴男に呼び捨てされる謂れはありませんわ。リリィー王国と、魔法国家リエルラ両国を侮辱するおつもりで?」


 酷薄に、ローズが笑みを溢す。ダンデライオンが反論ができないのか、唇を噛みしめた。


「駐在官様ならまだしも、貴男まで、この自治領の運営状況をご存知ないとは。よっぽど、リリィー王国に興味が無いのですね。早く、お国に帰られる方がよろしいのではなくて?」


 ローズの言葉は、社交界の儀礼を抑えながらも、あまりに辛辣だった。


 ▶自治領ブロッサムはこの半年間で、失業率、70%強から5%にまで驚異的なスピードで回復しています。


 実際にアオちゃんが示すデータを、彼らに突きつけてやろうかと思ってしまう。自治領ブロッサムは、慢性的な人手不足だ。サザンカが、文官と騎士団員、執事を兼務するという、無茶苦茶な状況が何よりも、現状を物語る。


 王弟との結びつきは健在のようだが、アオイ様は「無視して大丈夫」と言う。

 実際、ダンデライオンの物言いは、あまりに無知だ。アルトリッチ商業連盟が出自とは思えないほど、短絡的だ。


(……私はなんでこの人の言葉を、ずっと待っていたんだろう)

 思考を巡らせば巡らすほど、感情が凍てついていくのを感じる。


「本日は、上奏しに参りました」

「聞くよ」


 帝国駐在官の言葉に、アオイ様がコクリと頷く。


「ティエルス帝国の国民を、自治領ブロッサムでは拉致していると聞きます。実際、我が国特有のドワーフ族と、エルフ族を道中、散見いたしました。これは由々しき問題と、ダンデライオン様にご相談した所、アオイ・タチバナ様は、まつりごとに無知なれど、人道までは捨てていない。そう仰ったので。藁にもすがる想いで、本日、お伺いした次第です。何卒、我が国の民に人道的配慮をお願い申し上げます!」


 深々と頭を下げるが、何のことはない。

 非人道的手段で、ティエルス帝国の国民をブロッサム自治領は、誘拐した。


 リリィー王国は、ディエルス帝国に全面的に協力をする。

 拉致が事実であれば、逆賊として討つ――そう、言いたいわけだ。見れば、控えている騎士達が、剣を手にする。


(……遅いけどね)


 まるで寝起きのようだ。全然、鍛え方が足らない。


「……それは、ちょっとムリがあるんじゃないかな?」


 アオイ様がくすっと笑う。


「愚弄するかっ!」


 ダンデライオンが吠えて、剣を抜く。最初から、そうしたかったんだろうな。


白百合リリィ、来て)

 念じる。


 私の手に、白百合のショートソードが握られていた。ダンデライオン達には、予想外の事態だったのか。目を丸くする。


「アイリス、大丈夫だからね」


 そう言いながら、指で宙を触わり――何度もタップを繰り返す。その度に、光が浮かび上がって。それぞれ異なる、凜とした鈴音を鳴らす。まるで、楽器の演奏をしているかのようだった。

 宙に精緻に描かれた姿絵と、文字情報が浮かび上がる。





┏━━キャベツ━━━━━┓ 

 種族:ドワーフ

 性別:男性

 配偶者:有り

 子:15人

 自治領 領民認証あり 

 転入届認証済み

 ティエルス帝国転出届 

 認証済み

 職:ブロッサム開発株式会社

 開発総部長

 今年度、税金納入済み

┗━━━━━━━━━━━━┛




「な、な、なんだ、これは――」

「戸籍謄本ですよ。もともと、リリィー王国には謄本がありますが、貴族籍の叙爵に伴うものでした。ブロッサム自治領ではですね、全領民が、謄本の登録をしてもらう予定です。現在、謄本登録は87%に登ります」


 ▶否、本日付で93%となりました。

 アオちゃんの指摘はスルーを決めたらしい。コホンと、アオイ様は咳払いをした。


「……登録しないと、どうなると……」

「どうにもなりませんよ。聖堂での治療が全額自己負担になる他、冒険者ギルドや商業ギルド、図書館を利用できなくなるだけです」

「そ、そんな横暴な!」


 ダンデライオンは吠えるが、私は首を傾げるばかりだ。聖堂もギルドも、各領や都市に運営は委ねられている。領民で税金を支払っていれば、利用料は無料。むしろ、良心的かつ税収を確保できる制度と自負している。


「……まぁ、今回はそこを議論したいわけじゃなくて、ですね。例えばキャベツ師は、優秀なドワーフで、【製造クラフター】としても、本当に優秀な人なんです。キャベツ師の謄本情報を見てもらえたら分かりますが、転出届・転入届、ともに聖堂誓約を交わしています。ティエルス帝国の、入出国管理官とね」


 その彼に、装飾を施した儀礼用の銀剣を。それから湿地帯に群生していた【駄苗】を使用した、米酒を献上したことが、功を奏した。アオイ様に提案して本当に良かったと思う。


「……知らなかったのですか、駐在官殿?」


 気の毒にと言わんばかりに、憐憫な表情をたたえて。

 これもカードの一つだ。


 父王のことだ。

 駐在官を利用して、カードを切ってくることは安易に予想ができた。領主として不適合と、そういう評価が欲しいから。他国の国民を拉致したとなれば、領主の資格なしと弾劾できる。


(さ、ん、ね、ん、で、し、た~)


 おもいっきり、アッカンベーしたい気分だった。

 プルプルと、ダンデライオンが体を震わせていた。



「み、み……認めん! こんなこと、認めん!」


 ここまで感情を剥く元婚約者の表情、初めて見た気がする。まさか「その結婚ちょっと、待ったぁ!」と言いたいわけでもないと思うが。


 思考を巡らす。

 ダンデライオンは微妙な立場だ。婚約をしていたからこそ、騎士団の客将として【王国の盾】という二つ名を持つ。でも、婚約は解除された。

 彼は、アルトリッチ商業連盟の国民で、我が国とは何ら関係が無い。


 びゅんっ。

 剣を、アオイ様に突きつける。私は、思わず白百合の剣を握りしめて――。



「旅人、アオイ・タチバナ! 貴様の領主としての資質ははなはだ疑問だ! 故に貴様に聖堂決闘を申し込む!」




■■■





 ▶王国法第64条「聖堂決闘」

 ▶貴族及び、騎士団員の名誉をかけた聖堂決闘は辞退を認めず。

 ▶決闘において、真理の裁可を得る

 ▶決闘立会人は、侯爵以上。もしくは魔法国家リエルラの聖女職以上の同席を必須とする。

 ▶上記条項を満たさねば、聖堂決闘は不成立。

 ▶なお真理に生死は問わない。

 ▶以上。

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