chapter11 勇者様もお嫁さんも招いていない訪問者


「えーと。それでは、ブロッサム自治領、定期開発会議を開催したいと思います!」

「ぱちぱちぱち。アオイ様、格好良いです!」


「お姉様、少し黙りましょうか」

「どうして姫は有能なのに、旦那様がからむと、こうもポンコツになるのか」

「そういうアイリス様も可愛いと思いますけどね」

「……未だ、信じられんな。本当に怪物姫か?」

「ドワーフの皆様、失礼しました。ポンコツ姫に改名していただいて、全然かまいませんわ」


 それぞれ、私に対して扱いがひどい。


「アイリスは、本当によく頑張ってくれてるよ――よいっしょ」


 普通に視線を合わせようとしたら、背が足りないアオイ様は、靴を脱ぎ捨てて椅子に乗った。


 ――ふぁさっ。

 髪を撫でられた。


 私は大きく、目を見開く。

 褒められたことなんかなかった。できることが当たり前だったのに、アオイ様は惜しみなく、毎度、褒めてくれる。


 婚約者ダンデライオンにだって、こんな言葉をかけてもらったことはなかった。

 今が、そういう時間じゃないと分かっていながら、どうしても頬が緩んでしまう。


(ズルいなぁ)


 やることは目白押しなのに。

 恥ずかしくて、顔を真っ赤にするくらいなら、しなければ良いのに。

 理性より、衝動で行動するのだ。


 ――本当にズルい。


 市井の女の子達の恋が羨ましいと思っていた。

 物語の甘い恋、苦しい恋、悲恋に憧れる貴族子女には、あえて目を向けてこなかったのに。手段として、唇を寄せる。そう、自分のなかで言い訳をしていたことがあった。

 何回、何回だろう。


(なんかい?)


 数えられないくらい。

 魔力が抜けて、

 アオイ様の体重を駆け巡って――。


 私の体が、いくらでも魔素は溢れるのに。

 足りない、足りない。まだ、足りないと思ってしまう、私がいて――。




 PAKKA-Nパッカーン




 見たらローズに、錫杖で叩かれた。


「ちょ、ちょっと、ロージュ?」

「お姉様、勝手に私の名前を改名しないでくださいます?」


「……それは、ローズが私の頭を叩かなければ――」

「今、会議中。わかります? Do you understand?」


「いえ、いえす。イエス……ローズが、ひどい。ひどすぎるっ……」

「あぁ、言ってるそばから、勇者様! お姉様を甘やかさないでください!」

「え……? そんなつもりは――」

「だから! 言っている傍から、膝枕をするからです」

「「あぁっ!」」


 引き離された私とアオイ様は、仲良く声をハモらせる。


「今、会議中!」

 ローズの怒声が頭に響く。何も、そんなに怒らなくても良いと思うのに……。






■■■






「それじゃ、仕切り直し……ですわ」


 じっと、ローズの視線が刺さる。テーブルの下で指を絡めるくらい、多めに見てくれても良いと思うんだ。そう、これは魔力の循環の訓練。より、効率的に魔力を循環させるために、試行錯誤しているのだ。我ながら、良い言い訳だと思う。


「言い訳と声に出していることそのものが、どうかと思いますけどね」


 ローズがため息をつく。


「まぁ、良いですわ。それじゃ、ラベンダー。まずは最優先課題の農作物の生育状況から」

「あ、ひゃい。錬金術を併用した、土壌化以前は予想以上です。トラクターやドローンによる農薬散布も大きいのですが、エルフのキャベツ様とレタス様には、本当になんと感謝申し上げて良いか――」


「いえ、ラベンダー様の錬金術の制度が完成されていて。私どもなど、足下に及びません」

「むしろ、師匠と呼ばせていただきたい」

「ひ、ひひょう?!」


 ラベンダー落ち着きなさい。それじゃ意味合いが変わるから。


「それで、ラベンダー。さらに、開墾区域を広げるのですか? 同じ土地でさらに土壌改良した方が良いと思うのですが?」


 そう意見を述べたのはサザンカだった。


「……そうしたいのは山々なのですが、錬金術の副反応で、むしろ土壌が痩せてしまうから、土を休ませてあげる必要があります。現状は、領民の食料を確保はできたかと。以降は、錬金術は最低限の使用で、無農薬栽培に切り替えたいです」

「そうだね、了解。ラベンダーの意見を採用するよ」


 コクンとアオイ様が頷いた。これは事前に、アオイ様と相談していた通りだった。


 ▶土壌のHPが2割低下。このままの生育は、野菜に毒素を浸透させるリスクがあります。

 アオちゃんの言葉は、ラベンダーの錬金術の知識を裏付ける。流石だなぁ、と思った。


「ラベンダー、現状、必要なものは?」

「トラクターは間に合っていますが、ドローンによる見守りと、水の散布を強化できたら助かります。後は、雑草駆除ですかね」


「クローバー、ミント? それはできていたよね?」

「親方の仰る通りです。すでに開発済みで、量産しますね」

「作りすぎないでね?」


 アオイ様が、苦笑いを浮かべるほどに、元帝国騎士――ドワーフのクローバー、ミントを筆頭にした、職人軍団は、製作にのめり込む。おかげで、アオイ様が、過剰な魔力行使をすることは、少なくなった気がする。

 少し寂しいと思ってしまったのは、ナイショだ。


「同時並行で、区画整理と上下水道の整備だね。ちょっと、これは本腰を入れよう」

「下水は、川に放尿ジョボジョボでよくないです?」

「やめてください! そこで洗濯するんですよ?! するなら下流でお願いします!」


 ラベンダーが悲鳴を上げた。宮廷メイドならではの意見かもしれない。まぁ田舎じゃザラな光景で、騎士団の男どもも、ご多分に漏れないワケだけれど。


「んー。移民の数が増えているからね。衛生保持は命題でしょ。医療で余計に金がかかるのは、問題だと思うな。ローズ姫? そのへんはどう?」


「……勇者様の仰る通りですね。特に、帝国からの移民は健康状態が良くないまま、流れ着くことが多いので。目下、教会もパニック寸前といったところでしょうか」


「聖女はムリだけれど、治癒師や薬師の人材が欲しいね」

「移民のエルフに、その資格が有る人がいそうですよ」


 私は書類をパラパラとめくりながら、言う。


「うん、落ち着いたら、打診しよう。アイリス、ラベンダー姫に情報提供をしておいてね」

「かしこまりました」


 私は一礼をする。


「……どさくさに紛れて、キスしなきゃ最高なんだけどね」


 鋭い。騎士団仕込みの【韋駄天】を駆使したのに。通常で有れば視認できないスピードのハズなのに。聖女、恐るべしだった。


「姉が……憧れていた姉が、どんどんどんどん壊れていく……」


 失礼な。

 私は妻としての役割に邁進しているだけで――。


 と……アオイ様が、私を見てにっこり笑う。

 この笑顔だ。この笑顔に全部、溶かされてしまう。私はこの笑顔を見るためなら、どんな努力も惜しまな――。




 とんとん。

 ドアがノックされ、そんな私の思考は中断を余儀なくされたのだった。




■■■




「失礼します! 帝国駐在官のサフラン・エルクベージュ様が、仲介役として、王国騎士団、ダンデライオン様とともに、ご来訪です。いかがいたしましょうか?」


 家令の言葉に、私はアオイ様と顔を見合わせた。

 先触れもない訪問は、あまりに無礼と言わざる得ない。それに、元婚約者。

 あまりにも不躾すぎた。


「会おうかな?」

 アオイ様は、私を心配させまいと、にっこりと微笑んでそう言う。


 どうしてだろう。

 妙にこめかみの当たりが疼く。

 魔力が過剰蓄積されて、放出できなくなってしまった時によく似ていて。

 アオイ様と出会う前は、それが日常だった。


 まるで、虫の知らせのように――。





 ▶シナリオ「夫婦はともり在り」が解放されました。

 アオちゃんが、そう私の肩に止まって囁いた。

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