chapter10 奥様は神馬を。勇者様はイタズラを。


 神馬が唸り声を上げる。


「な、なんだ、あれは?!」


 驚愕の声。帝国の間者が狼狽する声に、ゴーグルの内側で思わずほくそ笑んでしまう。風抵抗をなくすためのスーツ。ただし、アオイ様によるDEFデフェンスエンチャント、物理防御特化無効リフレクターの重ねがけ済み。


 そこらの甲冑より防御力があるのは、織り込み済みである。ただ、体のラインがくっきり出てしまうのは、ちょっと恥ずかしいけれど。


 ――あんまり、アイリスをジロジロ見ないでよ。デパフかけちゃうよ?

 にっこり笑っているのに、まるでその目は笑っていない。


(でも、意外……)

 アオイ様が、そんなヤキモチじみた感情を向けてくるなんて思ってみなかった。きっと、そのことに触れたら、すぐにイジけちゃうかもしれないけれど。


「姫。私が同行して良いんでしょうか?」


 サザンカが今さらながら、そんなことを言う。グロリー公爵とは異母兄弟の彼だ。剣が馴染むわけである。まして、暗器としても使用される小太刀。そんな人間を、抱えていたとは。

 でも、真相を暴露するつもりはない。


 ――大丈夫だから。まだ、影のシナリオは、発生しないから、助けてもらおうね?

 そうアオイ様は言う。


 どうしてだろう。時々、言っている意味が分からない時があるのに、彼の言葉に満幅の信頼を預けて良い。そう思ってしまう。


「サザンカ。貴男あなたの忠誠が安いものなら、神馬デビッドソンから降りなさい。決めるのは、貴男です」

「……御意。お供します」


 サザンカは頭を下げる。


「行きますよっ!」

「応っ!」


 彼らが、困惑しているのを、ゆっくり待ってあげる優しさは、生憎、持ち合わせていない。むしろ狼狽している間が好機と言えた。


 エンジンが唸りを上げた。

 この神馬には、意志はない。

 操作は自分達の腕が全てだった。


「撃て、撃て! 撃て!」


 帝国憶騎士団が弓をつがえる。

 騎士団を射ようにも、すぐに物理防御特化無効リフレクターで弾き返された。


「ちっ。付与術士がいるのか! 聖女の仕業かっ!」


 すでに彼らは、ローズがいることを掌握済みらしい。でも、残念。


(アオイ様が聖女の格好……それはちょっと、滾るかも)

 想像したら、思わず頬が緩んだ。


 ▶物理防御特化無効リフレクター、三枚破損。集中することを推奨します。

 アオちゃんは、なかなか手厳しい。

 私は、神馬のスピードを上げる。砂埃が舞い上げながら――そして、跳んだ。


「くっ。【旅人】のアイテムは確保したかったが、馬を狙え! この際、破損しても良い! 【無能】に修理をさせたら良いだろうっ!」


 聞き捨てならない声が聞こえ――私は、その帝国騎士にドリフトさせ、タイヤで吹き飛ばす。そのついでに、車体に突き立てようとした、槍を折っていく。


「ば、カな――」

「連携がすごいです! 早すぎて、対処ができません!」

「こんな、やかましい音の中で連携なんか、とれるワケないだろ! 隙は絶対にある。そこを狙って――」


 残念。骨伝導イヤホンは、ノイズキャンセル機能つきで。おたく達の作戦が、丸聞こえだし。私達は、大声を張り上げなくても【通話】機能で、連携が可能なんだな。

 魔導スマートフォン――マジフォン、本当に万能すぎるから。


「姫、予定通り、生け捕りますか」

「アオイ様との約束だからね。アッシュ、ラッシュ! 頼んだね?」

「「応ッ!」」


 にっこり笑ってそう言う。二人の後部シートからネットが、さながら蜘蛛の糸のように飛び出て、夜盗に扮した帝国騎士団を捉えていく。


「な、にゃ、なんだコレ――」

「あ、喋らない方が良いですよ。舌噛むかも」

「「「「う、あ、わ、わ、わ、あ、わ、わ、わっ――」」」」


 声にならない絶叫が、湿地帯に響いたのだった。






■■■





「アイリス! それから、みんなは無事?」


 開口一番のセリフがこれだ。このシチュエーションでなければ、もうアオイ様を抱きしめた――しないよ? しないから、ローズは、そんなに睨まなくても良いと思うんだけど?


 その一方で、寮館に引き連れられた盗賊――帝国騎士は、唖然とした様子で、口をパクパクさせていた。


(まぁ、そうだよね)


 座らされたソファーがフカフカなのは勿論。

 出された、紅茶。


 寮館の畑は、すでに試験開発された茶葉や麦を、【創造クラフター】と錬金術の併用で、安定生産。さらに、もう汗ばむ季節だというのに、室温は【エアコン】で、常時管理されている。これで、食卓やら風呂を見たら卒倒するんjya

ないだろうか。


 帝国騎士団は今まさに、アオイ様から賓客待遇を受けていたのだった。


「ねぇ? 彼ら、なんでこんなに怯えているの?」

「それはですね――」

「それは私から、説明しましょう」


 そう私の言葉を引き継いだのは、サザンカだった。


「野盗は、基本的に捕縛したら死罪です。姫に、こんな言葉を言わせるワケにはいきませんからね」


 サザンカは微笑む――その目は、やっぱり笑っていない。

 どんどんどんどん、彼らの血の気が引いていく気がした。


「厳しすぎない?」

「何を仰っているのですか、旦那様」


 サザンカは、呆れたと言わんばかりに息を漏らした。


「野盗は、すでに誰かを殺めている可能性が濃厚です。そんな人間に、情状酌量の余地などあるはずがありません」

「でも彼ら、犯罪歴ないよ?」


 ▶帝国騎士団、下層に所属。犯罪歴はありません。


「そういうことですか」


 サザンカは、顎を撫でる。


「ティエルス帝国は、人外種には排他的で、差別主義を貫いています。所属は騎士団ですが、使い捨ての斥候として、放り出されたんでしょうね」


 そう言ったのは、聖女ローズ。頓着せずに、紅茶を啜っている。


「ラベンダー、美味しいわ」

「聖女様のお口にあったようで何よりです」

 にっこり、微笑んで返した。この瞬間だけは、ゆるやかな空気が流れる。

 


 ▶騎士団火下層は、ドワーフ、エルフが構成員です。


「使い捨てっていうことは、帰る場所はない?」

「仮に帝国に突き出したとしても、単なる野盗。関わりは一切無いと、突き返してくるのがオチでしょうから」

「……」


 私の言葉に、アオイ様は考え込むように、腕組みをして沈黙していた。帝国は、その軍事力を軸に、小国を制圧してきた。その過程で、人外種も駆逐されてきたのだ。今、帝国に籍を置く人外種は、迫害され。隷属され、不遇の環境に身を置かざる得なかった。


 それも、自然厄災の出現で、息を潜めている。

 アオイ様は思考を巡らす。


 処断を――。

 そう傍目には見えるかもしれない。


 でも、私の目には、無数の数字が、アオイ様を取り巻いていた。



 ▶0100100100101000101101――。

 ▶【創造】の量産、その可能性。

 ▶開発を急ピッチに進めるためには。

 ▶【創造】と【錬金術師】の現場レベルで稼働する人材が必要です。

 ▶0010101010100101010100――。

 ▶彼らの適合率は――。



「ねぇ、ドワーフは【創造】が得意って本当?」


 ゴクリ。

 唾を飲み込む。

 その回答次第で、彼らの生殺与奪が決まるのだ。


 ゴクゴクゴク。

 アオイ様が、ワイングラスに口をつける。まぁ、中身はブドウジュースだけど。これも、ラベンダーのお手製だったりする。


「正直に申し上げますと、【創造】は無理です」

「そう……」

「ただ、技術書をもとに【製造】はできます」


 死を覚悟したのか。本当に、顔面を真っ青にして、ドワーフは言葉を振り絞る。


 ▶【製造】は【創造】の下位スキルです。事前にコードをプログラミングすれば【コーディング】と【デバッグ】が可能です。ドワーフは、魔力値がそもそも高いため、マスターのように、魔力切れを起こすことはありません。まぁ、最近は奥様にキスして欲しくて魔力切れを起こしている節もありますが。


「うるさいよっ」


 ボソッと呟くアオイ様の言葉に反応して「ひっ」と悲鳴をあげた帝国騎士達が、だんだん可哀想になってきた。


(そっか、キスして欲しかったんだ)


 思わず、頬が緩ん――って……だから、ローズ、睨まないで。場所をわきまえて、今は自重しているでしょ?

 しない! しないよ! しないからね?



「あのさ」


 トンと、アオイ様がソファーから降りて。

 コツンコツンと足音を鳴らした。


「あ、は、は、はい――」

「君達……」


 コツンコツン。一歩一歩、距離を詰めていく。


「……どんな刑も謹んで受けます。ただ、部下だけは! こいつらだけは!」

「隊長、そんなことを言わないでください! こうなったら一蓮托生です! いえ、俺が刑を受けます。だから、他のみんなは――」

「そんなのダメだ、それなら俺が……」



『だ、か、ら!』


 アオイ様の声がノイズ混じりに反響した。


 今、ここで拡声器マイクをONにしなくても、と思う。アオイ様はちょっとイタズラが過ぎる節があるのだ。こういう所は、やっぱり男の子なんだなって思ってしまう。


(可愛いけどね)


 片目を閉じて、見守るのも妻の役目だ。

 酷薄な笑みを浮かべて。さながら、魔王――。

 でも、ちょっと可愛すぎると思ってしまうけれど。




 コツンコツンコツン。


 足音が止まる。

 彼らと、ほぼゼロ距離で。


 アオイ様が彼らを見下ろした。

 騎士達が唾を飲み込む――そんな音が、こちらまで聞こえてきそうだった。






「ねぇ?」


 アオイ様はにっこり笑んだ。


「帰る場所が無いのなら、僕の物作りを手伝ってくれない?」

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