5月 - その3
「ねえ」とわたしは切り出した。「やっぱり変だよ。ぜったい変」
「ん、どしたの」
「だって、おかしいと思わないの? あの転校生」
「おかしいって、何が……」
シノはまったくピンと来ていないようで、首をかしげている。
今は昼休みで、わたし、シノ、カモメの3人で屋上でたそがれているのだった。
わたしはカモメのほうを向いた。「ね、カモメならわかるでしょ」
「えっと……ルーシーさん、のことですよね。確かに外国からの転校生は珍しいですが……」
「そういうことじゃなくて――」わたしはどう伝えていいものか分からなかった。「だから、あの魔法使いの件だよ。噂の亡霊、まんまの容姿じゃん。金髪碧眼で、髪が長くて……」
シノとカモメは顔を見合わせた。
「魔法使いって、どゆこと」
「なにかのファンタジー小説かアニメの話でしょうか?」
☆
わたしはこれまでの経緯を二人に話したのだが、シノもカモメも「???」な表情をしていた。
シノが心配そうな顔をする。「あのさ、ゆづっち。こんなことを言うのも親友として申し訳ないんだけどさ、一回病院で診てもらったほうが……」
「学校のチャットで盛り上がってるって、シノが教えてくれたんじゃん」
「どれどれ」シノはスマホを取り出した。「ちょっくら検索してみるか」
シノは4月初旬のログを画面に表示させる。わたしは横から画面をのぞきこんだ。
「うーん、検索してみたけど、一件もヒットしてないにゃ」
「そ、そんな」わたしは慌てて自分のスマホでも検索してみる。
そして、たしかに【魔法使い】という単語は、チャットのどこにも現れていなかった。
「あ、あの……」とカモメが口を開いた。「私がユヅキさんに、その魔法使いを一緒に探してほしい、とお願いしたんですか?」
「う、うん」
「まったく、心当たりがないんです。たしかに私はベスと一緒に毎日散歩していますが、ルーシーさんをお見かけしたことはありませんでしたし……」
「通話した記録とかも残ってない?」
「端末を確認しましたが……無かったです」
ということは、魔法使いの件を覚えているのは、本当にわたしだけのようだ。
「いったいどこからが現実で、どこからが夢だったんだろう」
シノの言うように、わたしがどうにかしちゃってるんだろうか……?
「一番簡単な方法は、本人に訊いてみることっすね」とシノが言った。「ルーシーちゃんに直接訊いてみれば、もう一発でわかるっしょ。『魔法使いのコスプレをして、夜中出歩いていましたか?』って」
それを聞いて、カモメが微笑を浮かべた。「もし本当にそうだったら、ちょっとロマンがありますね」
シノがうなずく。「だよねー、あたしも小学生の時は、魔法少女もののアニメとか見てたなー。親からセーラームーンのグッズとか買ってもらってたし……最近は見なくなっちゃったけど」
「いや、あんたもわたしもプリキュア世代だろ」わたしはすかさずツッコミを入れる。「ま、やっぱり本人に訊いてみるしかないか……」
「あたしが代わりにきいたげようか?」
「自分で聞いてみる。直接伝えないといけないこともあるし……」
☆
チャイムが鳴ってすべての授業が終わった。
ルーシーは風のように消えてしまっていた。
わたしは慌てて荷物をバッグに詰めて、階段を駆け下りる。
そして、校門からちょっと離れた通学路で、なんとか彼女の後ろ姿に追いつくことができた。
「ま、待って……!」
わたしの声で、ルーシーがこちらを振り向いた。
「あの、わたしっ」
教室からノンストップで駆け下りてきたのと、日頃の運動不足がたたって、わたしは呼吸を整えるのに苦労した。
ルーシーはこちらを無表情で見ている。
そして、視線が合った。あの春の事件以来、やっと二人きりになれた。
「ルーシーさん、あなたに、お尋ねしたいことがあるのだけど……」
「…………」
「わたし、あなたと会いませんでしたか……4月に、お会いしました、よね?」
「…………」
沈黙が続く。
通路は田んぼの真ん中にあり、他に誰もいなかった。部活に所属している生徒が大半だから、この時間に帰宅する生徒はあまりいないのである。
「……貴女は何を知りたいの?」
「えっ」
「確認する意図はあった。だけど、その状態がどの程度かは、実際に話してみないと分からないものね」彼女は丁寧語を使っておらず、今まで聞いたよりも
「あ、あの……」
「つまり、イレギュラーな対象を身近に置くことで、一種のメルクマールにする必要があったということ。改変の影響における異常値のゆらぎの幅を測定するために。そして、反応を見せたのはやはり貴女だけだった」
「…………」
「ああ、ごめんなさい。これはただの独り言」
「……その、えっと……」わたしは混乱しきっていた。「あなたが……助けてくれたんですよね……あの夜、わたしは廃墟を訪れていて、それであのとき……モンスターと、光の矢と……それから……それでわたしは、お礼を……」
彼女はしばらく、わたしの目をじっと見つめていた。
「夜は出歩かないほうがいい。それから、深入りもね」
静かにそういうと、ルーシーはそのまま歩きだしてしまう。
わたしはその背中に何も声をかけることができず、そのまま立ち尽くしてしまうのだった。
ドリームセイバー 柚塔睡仙 @moonmage
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