5月 - その2

 ルーシーが転校してきてから一週間が経過した。

 最初の頃こそみんな興味津々で彼女に話し掛けていたものの、人の慣れは早いもので、すっかりクラスに馴染んでしまった。

 日本語は詳しくない、とか言っていた気がするが、特に困っている様子も無さそうだったし、授業も黙々とこなしていた。それどころか、とても成績が優秀だった。英語はもちろんのこと、数学、理科、社会、それに国語まで、スラスラと先生の受け答えに答えていた。

 そして、とりわけ別格だったのが、体育と音楽だった。体育の授業でバレーボールをしているのだが、軽やかな身のこなしで、次々にボールを相手のコートへと叩き込んでいた。わたしなんかサーブやレシーブさえ上手くできないのに、彼女は初日から軽々とアタックを決めていた。

 音楽についても……すごかった。歌の授業で、彼女の声だけが透き通るようにクリアで、そして音程も完璧だった。

 声量があるわけでもなく、抑揚も付けずに淡々と歌っているだけなのだが、それが逆に心地よかった。わたしは音の良し悪しに敏感なぶん、かえってその卓越したレベルに耳を奪われてしまっていた。

 そんなわけで、成績優秀・容姿端麗な転校生であったから、きっとすぐにクラスの人気者になるのかと思いきや……そうでもなかった。休み時間は難しそうな本を開いており、物静かに読んでいるため、なんとなく話し掛けにくい雰囲気があった。


 以下、わたしが盗み聞きしていた、これまでの会話を振り返ってみよう。


 生徒A「ルーシーちゃんってフィンランドから来たんだよね! やっぱり日本とはぜんぜん違うの?」

 ルーシー「はい。違います」

 (それ以上喋ろうとしないルーシー。わずかに沈黙が続く)

 生徒B「フィンランドってムーミンの聖地なんでしょ!? ムーミン谷って本当にあるの?」

 ルーシー「無いと思います。あの舞台はファンタジーの世界であると公式が見解を出したこともあるそうです」

 生徒C「やっぱりヘルシンキってこっちよりも寒いのー?」

 ルーシー「セルシウス温度では平均して10度くらい差があると思われます」

 生徒D「好きなアニメはありますか?」

 ルーシー「テレビを見ていないのでわからないです」

 生徒E「ねーねー、あたしんとこの部活に入らない? もうすぐバトミントンの大会があって、部員が増えてくれると嬉しいんだよねー」

 ルーシー「すみません。お断りします」

 生徒F「いつもどんな本読んでるの? 英語の本で、すごく難しそうに見えるけど」

 ルーシー「これはウィリアム・ジェームズの『心理学原理』という研究書です。直近の用事に必要なので読んでいます」

 生徒G「ルーシーちゃんってポケモンやってる?」

 ルーシー「ゲーム機を持っていません」

 生徒H「きのこの山とたけのこの里ってどっちが好き? というか、日本のお菓子で好きなのはある?」

 ルーシー「わかりません。お菓子はあまり食べないので」

 生徒I「両親のご都合でこの街に来たんですよね? どんな仕事をしてるんですか?」

 ルーシー「私も詳しくは知りません」

 生徒J「好きな日本映画ってある?」

 ルーシー「文化理解を高めるために溝口健二の『雨月物語』を観ました」

 生徒K「兄弟、姉妹はいるの?」

 ルーシー「いません」

 生徒L「ペットとか飼ってたりしてる?」

 ルーシー「飼っていません」

 生徒M「フィンランドってどんな歌手がいるの? てかルーシーちゃんって音楽習ってた?」

 ルーシー「Jenni Vartiainenの『Missä muruseni on』が流行っていた気がします。音楽は特に習っていません」

 生徒N「日本語ぜんぜん上手じゃん! どのくらいの期間勉強したの?」

 ルーシー「それなりに。自然言語を使ったコミュニケーションそのものにあまり自信を持っていません」


 と、こんな具合である。

 なんとなく、AIとチャットしているような物足りなさもあり、だんだんと周囲は関心を失いつつあった。

 このわたしを除いては……。

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