土の記憶

はすかい 眞

土の記憶

 湿っぽい土の匂い。春の匂い。

 土は湿っているが、まだ山が目覚めるには早く、草葉の匂いは混じらない。この季節になると、男の脳裏にある思い出がよぎる。一瞬のようで、永遠のような回想が。


 女が二人、山の中で土を掘り返していた。

 傍の木を見上げた女は、梶井基次郎の有名な小説を思い出したようだった。

 女たちの足元には毛布でくるまれた男が無造作に置かれていて、男が動かなくなってから既に数時間は経過していた。警察犬が嗅ぎつけないようにと深く掘った穴に、毛布ごと男を投げ入れ、土を戻す。作業をする女たちの額にはまだ3月上旬で桜も咲かないというのに、大粒の汗が滲んでいた。


 ねっとりとした空気と同じように土も生暖かかく、最初はふんわりと、それから固く、身体に押しつけられた土は、男に母の胎内を思い出させた。母の胎内など覚えているはずがないのだが、死後の記憶があるので、きっと、どちらも本当のものなのだろう、と思う。

 これが男の最後の記憶であり、土の中で唯一反芻できる記憶だ。日に日に男は腐ちており、このことを思い出すのは今回が最後かもしれない。

 あるいは、この記憶が男の最初の記憶となるのだろうか。

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土の記憶 はすかい 眞 @makoto_hasukai

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