第29話 ダンジョン産の食材
「淡白な味の魚に、酸味のあるソースが合いますね。それにしても、魚の種類が全くわかりません」
「ダンジョン産ですからね。あまり見ない魚やお肉が使われているかもしれません」
「ダンジョン産とはどういうことでしょう?」
「地下には五階層のダンジョンがあり、六階層はダンジョンを改装した街があります。そこには千人ほど住んでいますが、全ての民が王国から追われてきた者です」
もしかして、廊下を通ったときに聞こえてきた声は、地下に住む者の声だったのでしょうか?
ですが、地下六階にいる者達声が聞こえることはないと思います。不思議ですね?
「話が逸れましたね。ダンジョンには魔物という魔力を蓄えた動物がいます。その魔物は珍味なのですよ。食べる者は少ないですが、私は好んで料理に使っています」
「そうなのですね。魔物はなぜ食べる者が少ないのでしょうか?」
「見た目が気持ち悪いからだと思う。魔物って聞くと食べたくなくなるもん」
そんなに見た目が気持ち悪いのですね。青色の食べ物は食べる気が起きません。それと同じことでしょうか?
「そうですか。では、ディーネは食べないのですか?」
「食べたくないなぁ。だって魔物だよ? 魔物を食べるって思うと嫌だもん。でも、ノウィーお姉ちゃんが食べさせてくれるなら、食べてみようと思う」
可愛いことを言いますね。なにが好きなのでしょうか?
ホーラは色々な種類のカルパッチョを作ってくれましたから、ディーネになにを食べさせようか迷います。
「ディーネが美味しいと思った魚はどんな味でしたか?」
「サッパリした味だったような気がする」
「味付けはどんな味が好きですか?」
「濃い味のほうが好きだよ?」
サッパリとした味の魚ですね? 赤身よりも白身のカルパッチョが良いでしょう。濃い味のほうが好きということは、しっかりとした味付けということですね。
ディーネの好みを考えると、このカルパッチョにしましょう。
「どうぞ」
「あーんって言って?」
そういうのはカップルがするのではなかったでしょうか? 恥ずかしいことをやらせる気ですね? ディーネのお願いなので、聞きますけれど。
「あーん」
「わっ、美味しい! なにこれ? わたしが食べた料理と違う!」
「美味しいでしょう? 好みの料理というのは、とても美味しく感じるのですよ」
「ホーラの料理って美味しかったんだね」
ホーラの料理を食べたことあるのですね。それにしても、どういうことでしょう?
ホーラの料理は美味しいですから、いつ食べても美味しいはずです。美味しく感じたことがなかったのでしょうか?
「ノウィーお姉ちゃんと一緒に食べてるから、美味しいと思えるんだぁ」
「それは嬉しいですね。これからは一緒に食べましょう」
味の感じない料理ほど美味しくないものはありません。精神的なストレスによって、味が感じない可能性がありますね。慣れていませんが、甘やかしてみましょう。
「どうしたの?」
「なんでもありませんよ。お肉のカルパッチョも食べませんか?」
「食べたみたい! 食べさせて?」
また食べさせてほしいのですか? 美味しいものを食べて幸せそうにしているのを見ると、恥ずかしさも忘れてしまいますけれど。
「あーん」
「うん、美味しい! お肉って脂っこいイメージだったけど、あっさりしてて美味しいね」
「お肉の味はもちろんのこと、脂には甘みや旨味が詰まっていますからね。ホーラの作ったソースとの相性も抜群です」
「ありがとうございます。ノウィル様、ウンディーネ様。バゲットと一緒に食べても美味しいですよ」
食レポを完遂すると達成感があります。ホーラが嬉しそうな表情をするからでしょうか?
ディーネもホーラの表情を見て、謎の達成感を感じているようです。私と同じですね。
「バゲットですね。食べてみましょう。また違った味わいになりますね。とても美味しいです」
「美味しいね!」
料理を堪能しました。本当にホーラの料理は美味しいです。パンも手作りしていると聞きました。
ホーラの料理のレパートリーはまだあるようですから、これからの料理も楽しみです。
「ごちそうさまでした。ディーネも言ってくださいね」
「なんでごちそうさまでしたって言うの?」
「その命に感謝しますという意味を持って、ごちそうさまでしたと言うのですよ。生きるためとはいえ、理不尽に命を奪っていますから」
「理不尽……そっかぁ。ごちそうさまでした」
私の真似をして両手を合わせながら言っています。甘やかしの一歩として褒めてあげると、嬉しそうに笑います。
最初の頃はディーネの態度を訝しんでいたホーラですが、ウンディーネ様と別人のディーネという少女ということで落ち着いたようです。
ウンディーネ様と呼んではいるのですけれどね。
「どうしたの?」
「なんでもありませんよ」
ディーネの態度はそれほど違うのでしょうか? 本当のディーネは私に甘えるような幼い少女だと思います。
ホーラが別人だと思うほど違うのでしたら、ストレスは計り知れないほど溜まっているでしょう。
本来の自分をみんなに晒せるほど、甘やかさなければいけませんね。
「頑張りましょう」
「ノウィーお姉ちゃん、なにを頑張るの?」
「なんでもありませんよ」
「誤魔化さないで!」
ディーネのために頑張りましょう! まずはディーネの可愛い膨れっ面を元の表情に戻さないといけませんね。
可愛いので、いつまでも見ていられますけれど。
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