第15話 記憶の喪失

 ここはどこでしょう。初めて見る光景です。知らない場所にいるということは、誘拐でしょうか。誘拐にしては高級感のある部屋ですね。


 ということは、誘拐ではないのでしょう。私がこの場所にいるのは自分の意志ということなのでしょうね。


「主様が起きたのです!」


「ほんとだっ! ご主人様、おはようございますっ」


「ノウィル様、起きたのですね。体調は大丈夫でしょうか」


「ご主人さま! 起きたんだ!」


「大丈夫か、主」


「あるじさま。わたくしのこと……覚えていますか?」


 毛玉やクリオネなどの不思議な存在が混じった六人(?)に声をかけられました。誰でしょう? 知らない人ですね。


 その疑問が表情に表れていたのか、六人(?)は呆然と顔を見合わせています。


「わたくしのことだけではなく、ここで起きた出来事を忘れるようにされていたのですか? わたくしのせいで、わたくしはなんて愚かなことを…」


「大丈夫ですよ。マルのせいではありません」


 私はクリオネを掌に乗せ、そう呟いていました。なぜ呟いたのかもわかりません。


 確かなのは、クリオネの名前がマルということと、私は記憶喪失であるということですね。


「わたくしのことがわかるのですか?」


「わかりません。ですが、伝えなくてはいけないと思ったのです」


「あるじさま、あるじさま。ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 マルが泣いてしまいました。潰さないように、撫でながら慰めます。泣いているマルを見ると、なぜか頭痛がします。


 思わず頭に手を当てると、心配したような視線を向けられました。頭痛が収まるとマルは私の目線まで、ふわりと浮かびます。


「わたくしはあるじさまに、永遠の忠誠を捧げます。あるじさまの記憶がないことについては、わたくしに心当たりがあります。わたくしの知っていることを話しますわ」


 マルの説明によると、私はある人によって記憶を消されたようです。


 普段は記憶を少しずつ喪失させていっているみたいですが、慌てたことで全ての記憶を奪う結果になったようです。


 この世界はゲームの世界だと、私に教えられたと教えてもらいました。


「喪失魔法を使って記憶を喪失させると言っていましたわ」


 この世界には魔法があり、私の記憶は魔法を使って記憶を消されたとマルは言っています。


 魔法を使う様子を見せられたので、この世界では魔法が使えると信じさせられました。


「記憶を消す魔法があるのですね」


「忘却魔法ならありますが、喪失魔法と言っていたのを聞いたのですよね。私の記憶が間違っていなければ、喪失魔法が伝え継がれている可能性は限りなく低いです。喪失魔術ならありますが、軽々しく使えるわけではありません。喪失魔法のスキルを取得している可能性が高いですね」


 ホーラと名乗った少女が難解なことを言っています。説明がないので、意味がわかりません。


 そういえば、名前がラテン語で統一されているのですね。なぜでしょう? 質問すると、私が名付けた名前だからと答えられました。


 私はラテン語の響きが好きですから、名前に使うこともありえますね。


「喪失魔法なのです? どこかで聞いたことがあるのです」


「私も聞いたことがあるっ! どこで聞いたんだっけっ? あっ、前に仕えてたお屋敷だっ! 記憶の喪失を魔法で行うことができないかって、研究してたよっ」


「そうなのですか。研究をしている人がいるということは、魔法で行うことができる可能性があるということでしょうか。ウェスペル、カエルム。仕える主と話すときは、言葉遣いを直してください」


 ホーラがウェスペルとカエルムを疑っているのが窺えます。無表情だというのに、わかるのはなぜでしょう? 不思議なことも、あるのですね。


「ねえ、ねえ! 僕のことも忘れちゃったの!」


「申し訳ありません。誰かわからないのです」


 ですが、クリオネや毛玉が喋るという出来事を受け入れている時点で、私が確かにこの場所にいたという証になると思います。


 普通ではありませんし、驚くぐらいはしても良かったと思うのですが。私は驚きもしないうちに、受け入れていました。


「記憶にはないですが、一緒にいたと確かに覚えているのでしょう」


「わかんないけど、なんか嬉しいな!」


「そうですか。フルランはいつでも可愛いですね」


「僕の名前! なんでわかるの!」


 そういえば、そうですね? 私は毛玉がフルランという名前ということを、聞いていませんでした。


 記憶を慌てて消したということですから、完全に記憶を消されているわけではないのでしょうか?


「そういえば、主様。あの研究の論文を読みましたが、皮膚の接触で記憶を喪失させると書いてありました」


 カエルムが思い出してくれたおかげで、私の記憶が少しずつ戻っている理由がわかりました。


 マルによると、私は服の上から触られたようです。そのため、少し記憶の喪失に綻びがあるのではないかと。


「そうなのですね。今まで起こったことの話をして思い出しましょうか」


「そうですね。ノウィル様、私の話を聞いていただけますでしょうか」


 こうして、私の記憶を取り戻すために会話を始めました。その会話で少しずつ記憶を取り戻していきますが、少し気になる点があるといえば………。


 私はなぜか尊敬されているようで、思った以上に美化されているということですね。

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