第14話 意味のない願い

「んんっ! 美味しいです。セフィロトの樹の実で作ったパイとは贅沢ですね。ほど良い甘みとサクサクのパイ生地。美味しくて頬が蕩けてしまいそうです」


「ありがとうございます。美味しそうに食べてくださって、とても嬉しいです」


 ホーラに小さな笑みが浮かんでいて可愛いです。それにしても、本当にホーラの料理は美味しいですね。


 お菓子も美味しいなんて、ホーラは本当に料理上手ですね。


「私こそ美味しい料理をありがとうございます」


「いいえ。主人に尽くすのが私の生きがいですから」


「そうですか」


「ねえ、ねえ! 僕も食べたいな!」


 フルランがいつの間にか私の肩に乗っていました。私の頬にするりと寄って言います。


 確かにパイは美味しいですし、甘い匂いが漂っていますからね。食べたくなるでしょう。


「フルランは人と同じものを食べることができるのですか? ウェスペルも果物を食べることができる妖精ですし、フルランも食べることができるのかもしれませんが。個人的にはフルランが食事をする姿を想像したくないですね」


「えっ! なんで!」


 毛玉であるフルランの姿に口が開くところなんて想像したくありませんよ。可愛いままのフルランでいてほしいと思ってしまいます。


「私に見えないところで食べてほしいですね」


「そっかあ、わかった! ご主人さまに見えないところで食べるね!」


「そうしてくれるとありがたいです。少し散策してきますね」


「うん! いってらっしゃい!」


「いってらっしゃいませ」


 廊下を歩きながら、直感を信じて一つの部屋を覗きます。暗視のスキルを取得しているはずなのに、完全な暗闇です。


 クエストに関係あるのでしょうか。私が歩く音と鈴の音が反響して混じっています。


 クエストのヒントかも知れないので、鈴の音が聞こえる方向に足を進めます。


「誰かいますか?」


『あれぇ? もしかして、見つかっちゃった? やっば!』


 慌てるような声が聞こえます。エクストラクエストである記憶の喪失が発生したときに聞こえた声です。


 記憶の喪失というクエストがあることをすっかり忘れていました。


 記憶の喪失は始まっているのですね。どうしましょう。なんとかして、記憶の喪失を止める手がかりを見つけなくては。


「待ってください!」


『待ってくださいって言われて、待つわけないでしょ!』


 部屋の中をひたすら走り回ります。私は体力がないので、追いつけるはずがありません。


 荒い息をしていると、淡く光るものを見つけました。見た目はクリオネですね。クリオネが発光しているのですか。


「こんな場所にいて、大丈夫ですか?」


「名前を付けてくださいませ! あの子に見つからないうちに、お願いしますわ!」


「海という意味のマルはどうでしょう」


「ええ、受け取りますわ」


 なにがなんだかわかりませんが、クリオネ改めマルは切羽詰まったように私に名前を求めました。


 ぱっと思いついたのが、クリオネが海にいるということでマルだったのですが………良かったのでしょうか?


『見ぃつけた! 申し訳ないけど、まだ知られるわけにはいかないんだぁ。忘れてもらうよ』


 暗闇から伸びた手に触られて、私は倒れてしまいました。少しずつ意識が薄れていく中、マルが私に名付けをお願いした理由がわかりました。


 体力のない私は絶対に見つかってしまう。見つかってしまえば、この記憶を忘れてしまいます。


 ですが、マルのことも忘れていたとしても、契約という確かな繋がりがあれば話を聞くしかありません。


 たぶんマルもこのクエストに関わる重要な妖精(?)なのでしょう。


「申し訳ありません。わたくしは、わたくしは………罪を犯しました。ウンディーネ様に顔向けできません。わたくし達が助かるためとはいえ、大罪を犯しました。お許しくださいませ。新たなあるじさまに精一杯仕えさせていただきます。申し訳ありません」


 ひたすら謝るマルは儚い雰囲気を醸し出していて、今にも消えてしまいそうです。マルの涙が床を濡らしていきます。


 意識が薄れてしまって、マルを慰めることもできません。それほどまでに謝っている理由も聞きたいというのに、意識は自分の意志とは別に薄れていきます。


「謝っている理由をあとで教えてくださいね」


 そう言葉をかけることしか、私にはできませんでした。マルのことは忘れさせないでほしい。


 記憶を忘れさせた張本人に意味もなく願いながら、意識は完全に途切れました。

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