第15話

 藤川の不満と困惑の入り交じる声が、大きく響いた。周囲も顔を見合わせ同意する。


「そうだよな」

「それで、クロも熱くなっちゃったんだし」


そこには、黒田が久能に傷つけられたことへの、義憤めいたものが見えた。


「俺達はやってねェし」

「クロはよく見てるもんな」

「こら、滅多なことを言うんじゃない」


 部長がやんわりと制止する。むしろ助長と言っていい、力のない制止だった。


「でもよ部長ォ、このまま中途半端でいいんかよぉ?」


 藤川は止まらなかった。


「こんまんまじゃぁ、ナカは怖ェし、きづれえじゃねぇか。俺、中途半端ァ許せねえタチなんだわ」


腕組みをしながら、くだを巻くようにべらんべらんと言葉を続ける。「そうだよな」

「大会もあるし」と周囲からも賛同の声が上がる。


にゃによりオレりゃあ、仲間ナキャマじゃにぇえか! この際、ハッキリ、ケリつけようやッ!」


 無駄に甲高く声を割って、藤川は叫んだ。由岐治の戦慄に反比例するように、周囲からは「そうだっ!」「いいぞ、そうしよう!」との声が上がる。


「ナカについて、いやっこの際、今まで不満だったことも嬉しかったことも全部じぇんぶ腹割って打ち明けようぜッ!」


 おおーっと歓声があがる。

 勘弁してくれよ。由岐治は、叫びたくなってきた。もうどうだっていいだろそんなこと! 少なくとも、自分は関係ないのだ。せめて帰らせてくれよ! 由岐治は黒田が、「碓井君は帰っていいよ」といつ言ってくれるか、期待を込めて睨んだが、感極まっている様子の黒田は「皆……!」などと甘えた声で言って、こちらを一瞥もくれない。役立たず野郎!


「ンじゃ、手始めにだけどよォ、誰がナカをいじめたんだよ!」


 藤川が怒鳴る。そんなふうに聞いて「僕です」と名乗りあげる馬鹿はいないだろ、と思ったが、藤川はいたって真面目の様子だった。周囲も、真剣な目で藤川を見つめ、

 

「僕はいじめてない」

「俺も」

「俺も! こいつも!」


 と口々に潔白を唱えた。アホかこいつらは、と思ったが、由岐治は黙っていた。早くこの時が終わってほしかったからである。自分が中目木だったら、こんな話し合いの仕方されたら、首をくくりたくなるが、皆気づかないらしい。無神経なのはこの部の伝統なのかもしれない。

 中目木はその苦痛のためなのか何なのか、ひたすら泣いている。黒田がひっしに、彼をかばっていた。

 

「そおか。皆やってねぇんだな」


 全員が否定し終えたところで、視線は一方向へ向かう。視線の先の人物は、呆れの混じった声で、


「俺はやってない」


 と答えた。部長が「それなら……」と、か細く言ったところで、「でもよォ」と藤川が割り込む。


「クロもナカも、嘘つくやつじゃねぇぜ」


まさしく異論を唱えるという調子で、がなりちらした。そして、皆――久能をのぞいて――を見渡して、


「んで、他の奴も、ナカをいじめてねぇって言ってる!」

「だよな」

「何より、オリァわかってる! 皆そんなやつじゃねえ!」


 そう熱く叫んでから、ちらりと久能に視線を流す。


「まぁ、わかんねぇやつもいるけど……とにかく、俺ァ知ってんだ! 皆そんな事するやつじゃァねェっ!」


 由岐治は目を回して倒れそうになった。げーっと喉を押さえて、しかめ面をしたくなる。何だ? 何だコイツ。

 よくこんなことが言えるものだ。由岐治は、震撼した。汗ばんだ肌に、ざあっと鳥肌が立つ。


「結局、俺を悪者にしたいんだな」


 久能がうんざりした様子で言葉を挟んで。不愉快を越え、呆れを越え、また不愉快に戻ってきた顔だった。すると、周囲から反発の声が上がる。


「でも、実際久能のことわかんないし」

「怪我させられたしさ……」


 中目木がびくりと体を跳ねさせた。


「一番早くきて遅く帰るし」

「俺達はしようがないしな……」

「俺らよく見てるもんな」

「とにかく、俺たちよくわからないし」


 周囲の頼りなげでいて容赦のない口撃に

 由岐治は一刻も早く、ここから立ち去りたくなった。しかし、今帰ることができる空気ではない。

 何してる、早く迎えにこい――由岐治は、彼の使用人を心中で怒鳴りつつ、汗に濡れた手を握る。一瞬走った冷たさが、少し頭を冷静にしてくれた。

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