第14話

「待て! 皆、落ちつけ!」


 由岐治が、ぼんやりと途方に暮れている中、部長が皆を制止し、前に進みいでた。くさってもこの場の長であるらしく、皆が彼のために間を空けた。


「いったいどうしたんだ、黒田。お前らしくない」

「部長……」


 黒田は、悲痛に顔をゆがめ、それからうつむいた。部長はそれを、いたましげに見つめる。黒田に歩み寄ると、励ますようにその腕を軽く叩いた。


「いい、わかってる。だから落ち着いて、話してみろ」

「うぅっ……」


 黒田が息を詰め、肩を震わす。そして、揺れる息で話し始めた。


「ツバサのやつ、いじめにあってたんです」


 周囲がどよめく。「どういうことだ?」と困惑で互いに顔を見合わせていた。黒田は続けた。


「物が失くなったり、『辞めろ』って紙が入ってたり……っ、ツバ……中目木には言うなって言われてたんすけど……っ」


 中目木が、ひーっと泣き声を上げた。甲高い笛のような音が、やけに耳についた。


「ナカ……それで、最近元気なかったのかよ?」


 藤川が感傷的な声を上げた。

 瞬発力いいな、こいつ。由岐治は背筋が震えた。さっきの今で、よくとそんなに感情がついていくもんだ。わざとじゃなければ本物だな。それほど仲良しということかもしれないが、丸っきり部外者の由岐治は、この場の勢いにまったくついていけなかった。


「それで、今日は篭手がなくなって……っ、こいつが練習遅れたのも、そのせいなんす」

「そうか……」

「クロ……」


 あちこちから、湿った声が上がる。皆一様に、痛みを堪えるような顔をしていた。


「そしたら、久能の鞄から、ツバサの篭手が出てきてっ! 俺、俺、カッとなって……!」


 黒田は肩を怒らせ、握りしめた両拳を震わせ叫んだ。全力疾走の後のように息を荒げると、がくりと肩を落とした。

 部長や藤川たち、他の部員は神妙に頷き、黒田を熱い目で見ていた。思いあふれた藤川が、「バカヤロ、」と、前に進み出た。


「ひとりで抱えてんなよ! 仲間だろっが!」


 そう言って、黒田の肩を熱く抱く。自らも鼻をすすりながら、黒田をなだめた。部長も頷き、黒田の背に手をやる。


「藤川の言うとおりだ。……気づいてやれなくてすまない」


 周囲からも「そうだよ!」「俺こそ!」と声が上がった。


「皆で越えてこうぜ! 仲間じゃん」

「先輩……!」

「ナカ、お前も!」


 円陣を組むように、皆が黒田を囲んだ。オイ、オイ、と叫び出しそうな勢いで、黒田を鼓舞しだす。

 

 何だこれ。

 由岐治は、とことん居心地の悪い思いを抱えていた。気づかれないように、に視線を向ける。視線の先の人間は、冷めた様子で、口を開いた。


「それで、俺を疑ったっていうわけか?」


 乾いた声だった。温い辺りにはてきめんに効く声だった。


「久能……」


 藤川が、威嚇するような低い声を上げた。周囲も一転、ざらついた雰囲気をまとう。由岐治は、当惑した。いや、まだ久能がやったって決まってないよな? さっきの流れらそういう話じゃなかったよな。おろおろと辺りに視線をさまよわせた。黒田は、ぐっとつまり、「いいんです」と、皆を抑えた。


「俺が悪いんです。ごめん、久能」


 そう言って頭を下げる。藤川たちは、久能をにらむように息を詰めた。久能は、冷めた様子でそれを見て、目を伏せた。


「事情があったのは、わかった。今回は、水に流してやるよ」


 堂々とした言いっぷりだった。いっそ辛らつと言っていい。こいつはこいつですごいな。由岐治は、ぼんやりと独りごちる。

 一応、自分の鞄から篭手が出てきた後で、ここまで言い切れるのは大したものだ。由岐治は感心した。久能の黒の鞄に目を移したときだった。


「でもよぉ、ナカはいじめられてたんだろォ?」


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