第13話
黒田の行動は速かった。久能の鞄にひざまずくと、篭手を掴み、取り出した。
「やっばり……! これ、中目木の篭手じゃないか!」
黒田は息を呑み、がく然とした表情となる。そのまま久能を見た。
「何で、久能の鞄から……!」
「何だ?」
「どうしたんだよ、クロ」
藤川たち、周囲の部員も困惑気味に集まってきた。中目木も、不安そうに寄ってくる。
「ソウちゃん、どうゆうこと?」
「お前のなくなった篭手、久能の鞄から出てきたんだよ!」
「えっ……」
中目木が口をおさえた。それから、「そんな……」と悲しげに眉を下げた。周囲の部員も、「それって……?」と顔を見合わせる。
「待てよ、何か勘違いしてないか」
久能が両手をあげ、首をふる。その顔は、明らかに不可解と不愉快が入り混じっていた。
「大方、入れ違えたんだろ」
言いつつ、黒田の手から篭手を奪うと、中目木の胸に押し付けた。
「ほら。次からは気をつけな」
中目木は、ひゅ、と息をのんだ。涙の前に嗚咽が漏れ始める。久能は中目木が受け取らないので、中目木の手を取ると、受け取らせた。そして、自分の鞄へと戻る。
「待てよ、久能!」
黒田は声を荒げる。顔は怒りで真っ赤になっていた。
「入れ違いなんか、あるはずないだろ! お前の鞄、俺たちのと違うんだから!」
そう言って、久能の久能の鞄を指す。久能は、冷めた目で見返した。
「だったら何だ? まさか、俺が盗ったとでも言うのかよ」
「それは……っ」
黒田が口ごもる。久能は、はっと息を漏らした。
「馬鹿馬鹿しい。そんなことしてる暇があったら練習するよ」
「嘘つくなぁっ!」
黒田が涙まじりに、久能に飛びかかる。
「待て!」
「クロ、落ちつけ!」
「離してくださいっ!」
久能はため息を付き、着替えだした。その温度差には、周囲も気色ばむ。
「久能、そりゃねえだろ」
「何がですか? 失礼されたのは俺です。付き合う必要はないでしょう」
「ふざけんな!」
黒田が、わっとわめいた。皆が「落ちつけ」となだめる。中目木の泣き声が、あたりに響いていた。
何だこれ? 由岐治は困惑して、成り行きを見守っていた。久能の鞄から、なくなった中目木の篭手……つまり、いじめの犯人は久能だったのか? けれども、こんな曖昧な状況、本当にそれで正しいのか?
「ツバサに謝れよ! ちくしょうーっ!」
「クロ!」
由岐治は、まったく空気に乗り遅れていた。外様の空気をひしひしと身に受けながら、呆然とする。
落ちつけ、まあ要するに黒田は久能を疑っている、ということだ。黒田は部内のいじめを疑っているし、過敏になっていても仕方がない。
まあ、百歩譲って、そうだとしても、由岐治の心はどこか納得いかなかった。由岐治はこの中の誰のこともよく知らないし、好感も持っていない。唯一好感が持てるのが、疑われている久能という皮肉の状況だからだ。
さっきの態度は、流石に反感買うだろとは思ったが、疑われれば腹が立つだろうし、何より人の物を盗ってニヤニヤするような暇人には見えなかった。
釈然としない。何より、まったく共感も同情も出来ていない。そんな自分が、この場で決定的な言葉を言うこと、あるいはこの流れに介入することを拒んでいた。
何でこんなに面倒くさいことになるんだ。早く解決してほしいと思ったが、こんな形は望んでいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます