第12話
「お疲れ様でした」
皆がきちりと一礼する。
終わるときだけちゃんとしたがる奴ら、いるよな。由岐治はつとめて美しい礼をとりつつ思った。となりには、体操着姿の赤城がいる。不届き者め、と横目でにらむ。自分の職務を放棄したあげく、主をさておき遊ぶとは。
絶対に、きついお灸をすえてやる、そう心に決めると、由岐治は黒田に促され用具室に向かった。用具室に入る前に、ぐるりともう一度武道場を見渡す。
道場内には、自主練の部員たちが、まばらに残っている。久能と中目木の姿もそこにあった。由岐治は、ふんと鼻を鳴らす。同一に並べ立てるのも馬鹿馬鹿しいが、中目木はあれでなかなか才に溢れている。黒田の評価も、あながち間違っていない。しかし、打ち合った時の竹刀の強さが、彼の本質の強さだとでもいいたげで、由岐治はたいそう気に食わなかった。女々しいやつが、女々しいのはもはや地球が回ってることと同様なのに――なのに、何故か自分が叱られているような気持ちになる。由岐治は独特の息苦しさを、深呼吸をして忘れた。
僕はあんなにグズじゃない。由岐治は、首を振って否定する。久能は天才と認めよう。けれど、中目木は違う。それは、彼の置かれた境遇もあるかもしれないが、由岐治はとにかく弱いやつが嫌いだった。そして、自分は……。
そこで、由岐治は思考を止める。考えても仕方ないことは考えない。やめよう。
「碓井君?」
黒田が不思議そうに自分を呼ぶ。
由岐治は、ため息をついて、用具室に入った。
※※
「ところで、中目木君はなにかあったんですか?」
由岐治は着替えながら、黒田に尋ねた。黒田は一瞬、由岐治の問の意図を判じかねるような顔をしたが、合点がいったのか、こそりと声を潜めた。
「篭手がなくなったんだ。それで、探しに行って……」
それで、お前は責任を放棄して、鞄を僕の使用人に預けていったってわけだな。由岐治は、同情顔で頷きながら、皮肉った。
「それは大変でしたね」
「そうなんだ。結局見つからなくて、控えを渡したんだけど……」
あいつまた落ち込んじゃって、黒田は悔しげにうなじをかいた。由岐治は顔をうんざりさせないように精一杯だった。そりゃお気の毒のはずだが、次の展開の予想がついた由岐治は、まったく悲しめなかった。
「だから、どうにか助けてやってくれ。君たちの力が頼りなんだ!」
ニコ! と、悲しげに微笑まれて、由岐治は途方に暮れた。何だコイツ。というかなんでこんなに馴れ馴れしいんだろう。碓井は、お前の家よりずっと、格上のはずなのだが……最初に親切にしたのが運の尽きか。自分より偉い人間に親切にされて、恐縮できるやつって案外少ないんだよな……哀愁さえ漂う愚痴を心のうちにずらずら並べつつ――由岐治はこの答えをいかにするか判じかねていた。ここで下手な返事をしたら、解決するまでこのかったるい部活に出続ける羽目となる。しかし、あまりバッサリ断っても、絶対に悪評を流される。
助けてくれ、と藁にもすがる思いだが、あいにく使用人も用具室の外である。男のくせに、あんな地蔵みたいな女に着替え見られるのが恥ずかしいっていったいどういう了見だよ。お里が知れるぞ。由岐治の真一文字の唇が、こわばりに負け、頷きの笑みを返しそうになったときだった。
「お前達、早く着替えろよ。またしめ出されるぞ」
自主練組が入ってきた。部長が、先に着替えていた部員たちに声を掛ける。藤川たちが「へーい」と笑った。後列に中目木の頭がおずおず揺れるのが見えた。おどおどと首を前にしゃくり入る。一番最後に入った久能が、扉を閉めた。
「閉めんなよ」
「着替えますから」
藤川の不満に、久能は返す。不機嫌をものともしない平然とした物言いだった。藤川のこめかみがぴくっと痙攣したのが見える。久能は、由岐治たちのところにやってくる。そのことに動揺しつつも、もう一方で合点がいった。由岐治の隣にある鞄は、久能のものだったらしい。たしかに、この鞄の位置で考えれば、扉を開け放していたら久能の姿は外から丸見えだ。
由岐治たちがワキに避けると、久能は黒の鞄の前に屈み込む。そして、黒の鞄を引き寄せると、中を開いた。
「あっ!」
思わずと言った風に、黒田が声を上げたのと、久能が怪訝そうに眉根を寄せたのは同時であった。
「篭手!」
黒田の声に、由岐治もまた鞄を覗き込み、そして目を見開いた。
久能の鞄には、篭手が入っていたのである。
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