第7話
「お疲れ様っす」
「おう、クロ。――あれ? そいつら……」
寒気がするような愛称付きで、黒田の頭をはたいた生徒が、由岐治たちを見て、怪訝そうに眉をひそめた。赤城がすっと会釈をする。由岐治も慌てて頭を下げた。
「こんにちは」
「二人は見学ですっ! 剣道部に体験入部してみたいらしくって」
「へえ、そうなんか」
勝手なこと言うなよバカ。あらかじめ考えてあったことを話している風情の黒田に内心舌打ちする。黒田が、由岐治と赤城を手で示すと、生徒は「ふう〜ん」と唸ってしげしげと由岐治を眺めた。
「碓井君だよな?
だからそう言ってんだろ、このボンクラ。由岐治は毒づいた。実際のところは、剣道部なんぞ微塵も興味がない分、なおのことこの、「俺達のお眼鏡にかなうか見極めてやるぞ」感のある視線に辟易としてしまう。
「突然すみません。よろしくお願いします」
由岐治は内心の憤怒は隠して、笑顔で頭を下げた。生徒は自分の顎をさすりさすり、由岐治を眺めると、
「おう」
と言った。
「藤川先輩、それで自分、今日は、二人の面倒見たいんですけど、いいですか?」
「いいよ、そりゃモチロン見てやれや」
「ありがとうございますっ!」
由岐治は、何故だかわからないが寒くて聞いていられなかった。この藤川という男もキワモノだ。無頼気取って、無駄に口調を粗くしているところがまた辛い。
黒田が生徒――藤川に頭を下げたところで、第二陣が来た。またそろってどやどやと中に入ってくる。
「部長」
「お疲れ様です!」
皆が、ばらばらと、『部長』と呼ばれた生徒に頭を下げる。部長は顎をわずかに頷かせ、鷹揚に頷いた。
「ああ、君らは――」
「見学らしーっすよ。碓井君と、そのカノジョ」
「彼女じゃないです!」
藤川の説明に、咄嗟に由岐治は叫んだ。思ったよりも大声が出て、由岐治は口をおさえる。皆は一瞬、ぽかんとしたが、一斉に笑い出した。
「ははは!」
「振られちゃったな、赤城さん」
藤川は、赤城に親しげに笑いかけた。名前を知っていたらしい。赤城は「はあ」と頷き、いつもの調子で「私は坊っちゃんの使用人ですから」と答えた。
「はは、仲良いな〜」
部長たちは、そもそも納得ずくだったらしい。『主従探偵』である自分たちを微笑ましく見つめた。何笑ってんだよ、僕は見世物じゃないんだぞ。由岐治は笑みの奥で、奥歯を噛み締めた。
「名残惜しいが、練習しよう」
「おうっ試合も近ェしな!」
おおっと声が上がる。わいわいとそこからまた、話し出しそうな勢いだった。由岐治が辟易としていると、微笑ましげに見ていた黒田がくるりとこちらを向いた。
「じゃ、碓井君、赤城さん、出ようか」
そう言って、由岐治と赤城を促した。それに藤川たちが笑う。
「さすがに女子の前で着替えられんわな」
「あはは!」
はしゃぎ合う中、由岐治は不愉快になる。悪かったな、着替えてて。ていうかこいつは女じゃないし……由岐治が憮然としている間に、黒田は由岐治の鞄を背負う。
「えっ」
「ごめん、関係者以外、私物はおけない決まりなんだ」
は? と言わなかった自分を褒めたくなった。なんだよ、言い方ってもんがいるだろう。何となく屈辱を与えられた心地で、由岐治は引き笑いになる。こんな目にあってまで、『体験入部』するはめになるのだから、世も末だ。
「ごめんな、俺が責任持って見てるから」
気づかったそぶりで囁かれて、由岐治はぞーっとした。何でこいつ、こんなに生理的に嫌なんだろう。息が臭いんだよ。
「そんな、悪いですよ。僕の使用人に……」
「いや、持つ。世話になるんだし、これくらいさせてくれ。さ、行こう」
ニコ!
言うなりスタスタ歩いて行ってしまった。他の部員達は、いまだだらだら話しているが、「迷惑になるから行こう」と目が言っているのがわかった。ふざけんなよ、何で僕が諭されてるんだ。怒りに頭が熱熱になりながら、由岐治は歩いた。斜め後ろに、赤城がテクテクついてくる。それにも無性に腹がたった。お前も仕事しろよ、主が嫌がってんだぞ。何を考えているかわからない顔で、黒田についていく赤城に、思いつく限りの悪態を由岐治はイメージし続けた。
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